MBCマーケティング懇談会会長 株式会社大和 代表取締役社長 藤井 廣明さん
MBCマーケティング懇談会の会長で株式会社大和代表取締役社長の藤井廣明さんに伺います。
大和の事業内容や創業のいきさつなど会社の歴史を教えてください
鹿児島県内で総合スーパーストアを営業しています。本社は薩摩川内市神田町にあります。
戦後、合資会社「藤井」を設立し、衣料呉服店からスタートしました。
昭和38年に株式会社「大和」を創業。昭和49年、出店規制がそれまでの百貨店法から大規模小売り店法に変更となり、弊社の鹿児島市内初出店の伊敷店が鹿児島県の規制対象 第1号として、直後に続くダイエー鴨池出店の申請に対する謂わば予行演習的位置付けで、初めての商調協は大変苦労しました。
平成14年、旧寿屋継承9店舗を4月の伊集院から8月の奄美迄再開店しました。
とても御世話になった90代の恩師 お二人がご健在だそうですね
お一人は川内市立 可愛小学校で1-2年を担任して頂いた田代ヨシ(旧姓 久保)先生、94歳です。
人見知りする子供を学校好き・絵画好きに導いて頂きました。
お陰様で絵を描くことが大好きになりました。
今も時々、鹿児島市のご自宅にお話しを聴きにお伺いしています。
もう一人が川内市立川内北中学1年時担任の川井田稔先生、3月に92歳になられたばかりで、垂水市ご在住です。
クラスのホームルーム時には、当時若くてバイタリティ溢れる先生がいつも教室にギターを持って来られて、ガリ版で刷られた歌をクラス全員に渡され、いつも歌声いっぱいの教室でした。
川井田先生受け持ちの課外理科クラブに級友と入り、夏休みいつも登校して、水酸化ナトリウムの分解など実験の毎日でした。
盆過ぎに先生宅に泊まり込みで、実験の整理まとめ仕上げ。結果、なんと!知事賞を戴くことになりました。びっくり感動で、ご指導頂いた先生に感謝でした。
1年で転勤され、その後県内でもモデルとなられる理科の教師になられました。
鹿児島の好きなところやふるさと自慢
川内生まれで「川内川育ち」です。
当時、可愛小学校にまだプールが無く、泳ぎは川内川に投げ込まれて覚えました。水泳パンツみたいな水泳着など無く、大人も子供も赤ふんどしでした。
荒れると、洪水などで住民や街を苦しめる、時には大変怖い川内川ではありますが、川内川河原で、月そして季節によって、サーカス団、大相撲、盆踊り、野外映画など催事が年中繰り返しあり、テレビやゲームのない時代に私にとっては、いつも楽しみに育ててもらったのが川内川です。
サーカスの際は団員の子供達がクラスに期間中短期編入され、一緒に遊び、ライオン・虎・象などとても刺激的でした。
大和で一番 力を入れているサービスや事業は?
「プラッセ&だいわカップMBC小学生バスケットボール大会」です。
昔から川内は、バスケットボールが盛んで、強い学校が多い町でした。
もう昨年迄で40回になり、毎年、夏休み最後の土曜、日曜日、薩摩川内市サンアリーナせんだい等3会場で開催しています。
大塚製薬さんと一緒に協賛後援していまして、県内各地の小学生が低学年から高学年になるにつれ、毎回成長して、懸命にプレーして
いるのが印象的です。
この「かごしまフロンティア」では去年4月から1年間、MBCマーケティング懇談会の会員の皆様44人に出演していただき、コーナーはきょうで最終回となります。
このコーナーを放送した意義や会の今後の活動についてどうお考えですか
今回の「かごしまフロンティア」は、大変 有意義な企画だったと感じます。
全国各地から鹿児島で事業展開なさっている企業様参加のこの「MBCマーケティング懇談会」の場が、これからも引き続き
- 互いに鹿児島の良さや特性を分かってもらえるこの機会を大事にし
- 今後また全国で活躍なさる際、皆さんが鹿児島在籍時に体感・経験なさった「鹿児島の良さ」を、折に触れ伝えていただける事に繋がって行く参加型企画や交流の場であって欲しいですね。