薩摩の教え

郷中教育8

先週から薩摩の青少年教育「郷中教育」についてご紹介しています。

昨日もお伝えしましたが、「城下侍」と、「外城侍」即ち「郷土」の数は、城下侍1に対し、郷士が10でした。しかも、城下侍と郷士の住む武家集落の暮らしぶりは、全く違っていました。
郷士たちは、「してべこ」と呼ばれ、一日おきに田畑でくわを握る生活。日常の働きが異なりますので、一言で「郷中教育」と言っても、その中身はいささかの違いがあって当然でした。

例えば、鶴丸城下で稚児と呼ばれる少年達は、
『小稚児とおせ稚児とに分けられ、六才から十才までを小稚児。十一才から十四・五才までを長稚児。
そして、二才にせは、十四才から二十四才まで。それ以上の二十四・五才以上の先輩を長老おせんし
と呼んでいました。

一方、郷士の住む集落では、
『稚児と二才にせに大別され、稚子は元服前の少年。二才にせとは、元服した青年を称した』
と鹿児島大学名誉教授も務めた北川鉄三きたがわてつぞうさんは、区別しています。

幼い少年が郷中の一員になるとき、短い脇差わきざしを挟んで、父親と一緒に郷中の責任者を訪れ、二才頭にせがしらに向かい「ヨカに頼む」と挨拶。すると二才頭にせがしらから注意があって、全てが完了。
狭い方限ほうぎりの中のこと。隅々まで知り尽くしていますから、難しい手続きは必要なかったと伝えられます。

しかし、小稚児からおせ稚児の仲間に入る時は、少し難しくて、今まで、小稚児として付き合ってきた仲間の上に立ったことになるため、今のうちにいじめておけとばかりに、やや乱暴な儀式が行われていたと伝えられます。
詳しくは、明日のこの時間に・・・

それでは、今日も、鹿児島のこの言葉でお別れしましょう。
また明日。毎日めにっごわんそ!

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