屋久島世界遺産30年 自然と人の共生掲げた“文化村構想”模索続く一方で「現状不十分」の声も

世界自然遺産登録から30年を迎える屋久島の現状を考えるシリーズ。24日のテーマは、「環境文化村構想」です。
登録前年1992年に、鹿児島県の総合基本計画の戦略プロジェクトの一つとして、地元の議論も踏まえながら策定されました。
自然を守りながら屋久島ならではの地域振興を目指そうというもので、世界自然遺産登録後の地域づくりの理念となってきましたが、その実現はまだ道半ばです。

宮之浦にある創業64年の「新月堂」
島のヨモギやタンカンを使った和菓子や洋菓子などが地元で愛されている老舗の菓子店です。
ケーキ作りを担当する田淵誠也さん29歳は、7年ほど前に島に戻り3代目の両親を手伝っています。

(父 誠さん・60)
「有難いです。(店に)全然1人いるかいないかの差は大きい」「私より上手に作っていますよ」

(田淵誠也さん・29)「自分としては、まだ全然そうは思っていない」

店には外国人客も・・・。

(アメリカからの外国人客)「登山の後に食べたい。ホテルの周りを歩いていて店を見つけた」

店の売り上げの7割は地元客で、一番大切にしていますが、SNSなどを見て立ち寄る観光客も多く、土産物用の菓子も重要な収入源になっています。

(父 誠さん・60)
「(土産物の収入は)必要。絶対に必要です」「今年は(売り上げが)上がっている。」「納品先に待ってもらうことは今までなかったが、いまはある状況。手が回らない状況が続いている」

現在、土産物の菓子をホテルや土産物店など12か所に卸していて、田淵さんは配達もしています。

(ぷかり堂オーナー 荒木政孝さん・45)
「やっぱり売れている。胸張って屋久島の会社が作っていると出せる」

この土産物店を営む荒木さんは、横浜から夫婦で移住し、2012年に開業しました。島での観光業の重要性を感じています。

(ぷかり堂オーナー 荒木政孝さん・45)
「屋久島で観光業は、一番就業者数が多い。これは大事にしていかないといけない」
「屋久島育ちの子どもたちが、いつかまた帰って来られるような島であり続けるのが、いまの大人の役目」
「頑張ろうね」

観光関係で働く人は田淵さんの同級生にもいて、重要な雇用の受け皿になっているといいます。

(田淵誠也さん・29)「コロナも落ち着いたので、これから屋久島が良いところだと知って日本だけでなく世界からも来てほしい」

屋久島での観光業の存在感を高めたきっかけとなったのが、1993年の世界自然遺産登録です。宿泊や飲食などの第3次産業にかかわる人は登録前も5割ほどいましたが、登録後にさらに増え、現在は7割を超えます。島の総生産額も四半世紀で1.8倍に増えました。
屋久島ならではの自然を生かした地域振興の方向性は、登録の前年に策定された「環境文化村構想」で示されていました。

(土屋佳照知事(当時))「(自然の)保全をしながらも、それと一体となった地域の振興を考えなければならない。屋久島環境文化村構想で表現しているが、今後はそれを適切に育てていく責務を負った」

登録後、観光業が発展した一方で、構想の理念に掲げられた地域振興については厳しいデータもあります。島の就業人口はこの30年で6千人台とほとんど変わっていませんが、第3次産業がおよそ1200人増えた一方で、農業や漁業などの第1次産業はおよそ700人減っています。

(ジャガイモ農家)「農業としては、世界遺産だからどうというのはない」「鹿児島産のジャガイモで出ているから」

(果樹農家)「農業はいま若い人があまりしないから、僕たちの代で終わるぐらい後継者がいない」

世界遺産登録後、UターンやIターンなどで横ばいを維持していた人口も、今後は減少が予想されています。構想策定の議論に関わった旧屋久町長の日高さんも現状は不十分だと話します。

(旧屋久町長 日高十七郎さん・83)
「おっしゃる通りで遅れをとっている」「世界自然遺産が屋久島の観光産業を除けば、ほかの産業に好影響を及ぼしたかというと、それは鮮明にはまだ確認できる状態にはないというのが私の見解」

Q.構想はいまどの段階か?
「当時、難儀、苦労された方には失礼だが、緒に就いたばかりと思う」

一方、構想では、屋久島で作り上げられてきた自然と人との関わり=「環境文化」をいかして自然保護と暮らしの豊かさを実現することも掲げられています。

それを体現しているのが、集落の山に登り、感謝を伝える伝統行事「岳参り」です。戦後、途絶えていた集落もありましたが、復活させる集落も出てきています。中学校卒業後に島を離れ、22歳で島に戻ってガイドを始めた渡邉剣真さんも20代から参加しています。

 

(渡邉剣真さん・44)「屋久島らしさって何だろうとか、屋久島出身だからできることは何だろう考えたときに、岳参りというキーワードが出てきた」

宮之浦集落の岳参りは20年ほど前に復活して以来、毎年春と秋に行われています。山から戻った人たちの出迎えなど、多くの人が関わっていて、住民同士で島の未来を語る機会にもなっているといいます。

(渡邉剣真さん・44)「伝統文化を見ると、やっていて良かったなと思う。島の精神性の一つとしてあった方が良いと思う」「ぜひこれを大事にして、もっと島が良くなるようにつなげていけたら」

構想の理念にも掲げられた自然と人々の共生をどう実現させるのか?その試みはこれからも続きます。