• 幕末維新ニュース
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慶応4年1月17日 新政府 要職人事決まる

新政府は藩主級が就く要職の人事をきめました。

新政府は総裁・議定・参与の三職の下に、国政の実務を行う七科を置く「三職七科制」をきょう定めました。

七科の内訳は、神祇科、内国科・外国科・海陸軍科・会計科・刑法科・制度寮となっています。

各科の責任者、総督は、皇族、公卿、藩主級が務め、薩摩藩主・島津忠義は公卿の岩倉具視とともに海陸軍務総督に、越前の松平春嶽と土佐の山内容堂は内国事務総督に、宇和島の伊達宗城は外国事務総督に任命されました。

総督のもとで実務を担う掛は、各藩の幹部級藩士が務め、海陸軍務掛には西郷隆盛、長州の広沢真臣らが。内国事務掛には大久保利通、芸州の辻将曹らが。

外国事務掛には、土佐の後藤象二郎、薩摩の岩下方平らが任命されました。

一方、旧幕府では、主戦派の小栗忠順が海軍奉行並を罷免され、後任に和平派の勝海舟が就任しました。

朝敵として討たれることを避けるため、徹底して朝廷への恭順の意を示している徳川慶喜の意向の表れとみられます。