MBCラジオ

「#97 明日につなぐ」風の歳時記

観るともなしにテレビを観ていた。福岡県の山奥で一人住まい、杉の木の苗を育てているお爺さんの暮らしをカメラが追っていた。83歳だという。少し腰は曲がっているものの、山道を登り降りする姿はとてもその年齢には見えない。水は谷川からのもらい水、畑で育てた野菜を煮炊きして、典型的な「ポツンと一軒家」そのものだ。挿し木で育てた杉の苗は森林組合に持ち込んで買ってもらう。2年近く育てた苗木が1本85円。何でも手っ取り早く、額に汗することなく、できるだけ楽に稼ぎたい最近の風潮からはかけ離れている。番組では詳しくは触れなかったが、おそらく、365日、汗を流して世話をして、抜き取って土を払い、出荷して、結果、年金のわずかな足しになる程度だろうか。

この苗が木材として使えるまでに育つには50年近く。お爺さんは当然、この世にはいない。それでも「孫や子供の代に役に立つはず。いま、伐採して使っている材木もご先祖様が植えておいてくれたおかげ」と、身体が言うことを聞いてくれる限り、ご先祖様に感謝しながら伐採された山の斜面に、今度は次の世代のためにせっせと木を植える。若木の頃の下草刈りや蔓切りや間伐、枝打ちなど杉林の手入れは実に面倒で、体力と樹木を見る確かな目が必要だ。若者がこぞって街へ流れ出し、右を見ても左を見てもお年寄りだらけになった田舎の集落で、誰がこの苗木が大木に成長するまで世話をするのだろうかと気がかりだが、それでも、このお爺さんが黙々と続ける作業は、「何のために私たちは生きるのか」という切実な問いかけに対して、かなり確かな答えの一つを用意してくれているような気がする。

自宅でも職場でも、場合によってはレストランでも居酒屋でも、通勤や買い物途中でもいい。ぐるりと周りを見渡して目に映るモノ全て、ボク自身が道具を使い、汗を流し、あれこれ考え込みながら作り上げたモノは何一つない。分業が進み、さまざまな職業が現れて、結果、ありとあらゆるものが他人さまの厄介になって、初めて今の暮らしが成り立っている。そのほとんど全てが、すでにこの世を去った先人たち、ご先祖様が、意識していたかどうかはともかく、次に来る時代、次世代の人たちに残してくれたものだ。それに引き換え、ボクはいったい、何を残すことが出来るのか。考えていると、つくづく情けなくなってくる。

米百俵の教えをご存じだろうか。戊辰戦争で敗れた新潟の長岡藩は、城下が全て焼け野原になり、深刻な食糧難に陥っていた。その窮状を見かねた隣の藩から救援物資として「米百俵」が届く。藩士たちは「これでようやく粥が食べられる」と喜んだが、長岡藩の事実上の責任者だった小林虎三郎は、その米をすべて売却し、学校を建てる資金に充てると宣言する。不満の声が上がる中で、その時、小林はこう諭したという。

「百俵の米も、食えばたちまちなくなる。だが、教育に充てれば明日、百倍、千倍になって返ってくる。この百俵は、明日のための百俵なのだ」

この学校からは後の東京帝国大学の総長や司法大臣、海軍元帥の山本五十六たちが巣だった。今日ではなく、明日のために何が出来るのか。

今年も律儀に梅雨の季節がやってきた。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

関連記事

  1. 🎨鹿児島情報高校 マルチメディア科Ἲ…
  2. 9月3日(火)のセットリスト
  3. 10月6日(月)のセットリスト
  4. ウコンの花💗
  5. 第61回・62回「桐の音楽院」梶ヶ野 亜生さん
  6. 今週は「指宿高校」の生徒さんと!
  7. 蒲生の「今村青果店」
  8. 「#74 春夏冬二升五合」風の歳時記

カテゴリー

最新の記事

  1. 「#98 ヤマアジサイの頃」風の歳時記
  2. 「#97 明日につなぐ」風の歳時記
  3. 「#96 ビールのおつまみ」風の歳時記
PAGE TOP