MBCラジオ

「#98 ヤマアジサイの頃」風の歳時記

目覚めると、背中から胸にかけて、少しじっとりと濡れている。久しぶりの寝汗だ。パジャマの襟ぐりから指を差し入れてみる。首筋から肩にかけてうっすらと汗がにじんでいる。風邪を引いて熱でも出ている時以外に寝汗などかいたことがない。オヤオヤと思いながら起き上がる。ひょっとして、悪い病気じゃないのか。一瞬、不安がよぎる。が、気がついた。季節は初夏も終わりだというのに、そういえば、春先以来、かなり厚手の冬用の毛布を掛け続けていたことに思い当たった。寝汗をかくはずだ。本当に無精なオッサンだねぇ、とひとり苦笑いする。

奄美群島は平年より9日も早く、大型連休さなかに梅雨入りした。これを書いている時点では、九州南部の梅雨入り宣言はまだだが、そろそろ季節は梅雨真っ只中を迎えようとしている。梅雨といえば「うっとうしさ」の代名詞のようにいわれるが、子供の頃は毎日のように降り続くこの季節は決して嫌いではなかった。日が暮れ始めると、裏の田んぼから繁殖期を迎えた蛙たちの大合唱が聞こえ始める。買ってもらったトランジスター・ラジオでプロ野球・巨人戦の中継を聴きながら、軒端から落ちる雨だれをぼんやり見つめている時間も好きだった。まだエアコンも除湿器もない時代のことだ。

山奥の村だから、いまのように色とりどり、姿かたちもバラエティに富んだ西洋アジサイはほとんど見たことがない。雑木林の枝越しの向こうにポツポツと薄紫や薄いピンクの素朴な花を咲かせるヤマアジサイばかりだった。アマチャとも呼んでいたが、アジサイからお茶ができるものかどうか。耳にしたことはあるけれど、飲んだことは一度もない。母を喜ばせようと、山遊びの帰りにヤマアジサイを折って持ち帰っても、見向きもされなかった。最近、園芸店の店頭にもヤマアジサイが並べられている、それも結構な値段で売られているのを見て、へぇ~っと思う。派手で鮮やかな色合いを振りまく西洋アジサイに飽きてしまって、田舎の山の中に自生するヤマアジサイの楚々とした飾り気のない魅力が見直されているのか。

ただしとしとと降り続ける雨の季節。つい先日まで燃え立つような緑を振りまいていた木々の葉っぱも水を吸って濃い緑色に落ち着き始める。田植えを終えたばかりの苗たちや、植え付けられた夏野菜たち、熟れ始めた梅の実にとっても命を支える恵みの雨だ。

「五月雨を集めて早し最上川」。

「奥の細道」で詠まれている松尾芭蕉の有名な一句だ。

「梅雨の月一点の影なかりけり」。

こちらは、あまり知られていないが、久保田万太郎の句。

梅雨はもちろん夏の季語。梅雨入り前に続くぐずついたお天気は「走り梅雨」という。

うっとうしい雨の季節とはいうが、蕭々と降り続くこの季節がボクたち日本人の繊細で微妙な「もの思う心」を形作ってきてくれたのだろうと思う。

日本の文化は湿り気の文化なのかもしれない。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

関連記事

  1. ハナズオウ💗
  2. 「#92 働ける幸せ」風の歳時記
  3. 白蝶草(ハクチョウソウ)🥰
  4. 毎月最終週は「小學」
  5. 🚒お客様(8月27日火曜)🚒
  6. バラが咲いた🌹
  7. 勉強の時間が取れない
  8. 競争力

カテゴリー

最新の記事

  1. 「#98 ヤマアジサイの頃」風の歳時記
  2. 「#97 明日につなぐ」風の歳時記
  3. 「#96 ビールのおつまみ」風の歳時記
PAGE TOP