屋久島をこよなく愛する、作家の古居智子さんです。古居さんは、アメリカから屋久島に移住さったそうですね。
かれこれ28年前になりますけれども、アメリカ・カリフォルニアのナパっていうところから家族と一緒に移住しました。
それまではボストンとかサンフランシスコを拠点に、ジャーナリストとして世界中飛び回っていらっしゃったそうですけれども、どうして屋久島に住みたいと思われたんですか?
たまたま訪れた屋久島に、ひとめぼれと言いますか、ここで子育てをしたいなと思ったのが、そもそものきっかけでした。
期せずして、土地が手に入ったことから、建築家の夫が家を建てたいということで建てて、いつのまにか28年経っていたったという感じです。
非常に恵まれた環境にいます。私はどちらかっていうと積極的に登山をするとかといったいわゆるアウトドア派の人間ではなくって、私が親しむ自然っていうのは、家の周辺で繰り広げられる日々の自然の移ろい、なんですね。毎日眺めていて飽きることがないんです。
日によって時間によってどんどん変化したりする。
そうですね。もう、山や海の色など、そして佇まいとか、光りとか風の動きとか、それらに合わせて様々な虫や鳥たちの歌声が聞こえて。一日一秒たりとも同じときはそこにはないというのが魅力なんですね。
このような自然の中で子育てができたことと同時に、この環境でずっと仕事を続けてこられたことを本当に幸せに思っています。
1998年発行の「屋久島恋泊日記」、家族の皆さんと共に暮らしたそんな日々綴っていらっしゃいますけれども、この日記の序章の冒頭、読ませていただきます。
「人と土地との出会いは、どこか恋の始まりに似ている。出会った瞬間に出会うべくして出会ったのだと覚悟を決める。それが偶然なのか必然なのか、ひとときの錯覚に過ぎないのか。知る由もない。私達と屋久島の出会いは、まさにそのような形で始まった。」
そうですね。
「屋久島恋泊日記」の他に、ジャンルにとらわれずに作品書いてこられましたよね。
いろいろ書いたんですけれども、いくつか挙げてみると、屋久島に上陸したイタリア人宣教師シドッティの生涯を描いた「密行 最期の伴天連シドッティ」。それから屋久島のお年寄りの話を90人近く、聞き取りしてまとめた「島・ひと・昔語り」という本もあります。
それから最近では、皆さんご存知かと思うんですけどウィルソン株で知られるウィルソンが撮った写真を紹介した「ウィルソンの屋久島 100年の記憶の旅路」などなど。色んな本を執筆してきました。ジャンルの異なる作品を発表してきたように見えるかもしれないんですけれども、私の中では、一つに繋がっていると思ってるんですね。どういうことかというと、この屋久島の自然を舞台に、過去、現在、そして未来に繋がる人間のドラマを描きたいという思いをずっと持っています。
自然だけじゃなくて、そこで繰り広げられている人の歴史にご興味があるということですか。
はい。屋久島は類まれな自然があって、多くの外部からの視線が注がれていて、自然科学系の研究者もたくさんいらっしゃるんですけれども、私が思うにいくら動植物の分類や形態を研究しても、それだけでは語りきれないものが屋久島はあると感じております。それは、この自然に触発を受けた人々の営みとか足跡、言うなれば、身体感覚で捉えられた自然に屋久島の真の魅力があるのではないか、と思っています。
最近新しいプロジェクトを立ち上げられたそうですね。
はい。私は元々資料に頼るんではなくて、取材して歩いて、そこの空気を肌で感じながら文章を作っていくというスタイルをとってきたんですけれども、ここ2年余りのコロナ禍で、取材に出掛けることができなくなって。
そこで、この島の中で、屋久島の中で何かできないかと思ったときに、ふとシドッティ記念館っていうものを建てたいと思いつきました。
多くの方の支援と協力に支えられて、古居さんの壮大なプロジェクト実現することを祈っております。
ありがとうございます。私も物書きとしてのライフワークともいえるテーマに出会えたっていうことは、本当に行幸だと思っていますので、そういう意味で屋久島に生かされていることにいつも感謝しています。
古居智子さんの活動については、こちらの記事もご覧ください。