薩摩の教え

遺訓の持つ意義、西郷の心境~加来耕三さんのお話③

明治維新から150年の今年、維新の力を生んだ「薩摩の教え」を改めて皆さんと共に学んでいるこの番組。今週から、西郷さんが残した教え、「西郷南洲遺訓」にはいりました。

今週1週間は導入篇…ということで、歴史家の加来耕三さんに、お話を伺っています。

 

南洲翁遺訓は、庄内の人たちが二人一組でブロックごとに担当を決めて広めて回った。
南洲翁遺訓がベストセラーになったのは、庄内藩の人々が、配って回ったから。(西郷さん、こんないいこと言ってますよ…と)

西南戦争で共に官軍と戦って戦死した庄内藩の兄弟もいる。そのぐらい庄内は、薩摩に対する愛情、感謝の念を持っている。西郷さんはそれに応えた。
だから、南洲翁遺訓は、西郷が寛容な精神を発揮して、相手方を許していなかったら、この世に残ってはいないもの。
歴史を研究するものにとっても、西郷がどんな人間かを知るために不可欠なもの。

たとえば、「敬天愛人」
「天」とは斉彬のこと。(斉彬はどんな人だったか?と聞かれ、西郷は「お天道様のような人でした」といって涙を流したという)
また、「愛人」についても、普通なら「愛民」となるところを「人」としているのは、キリスト教に近い感覚なのではないか?最後は、信仰に近い領域まで達していたのではないか。。。

そこまで辿り着いたのが西郷。やはり人間、死にかけてみないと(九死に一生のあの場面がないと)、西郷さんは完成しなかったのでは。。。

 

明日もどうぞお聞きください。

西郷はなぜ庄内藩に寛大な処分を?~加来耕三さんのお話②前のページ

遺訓に見る「西郷像」に至るまで~加来耕三さんのお話④次のページ

関連記事

  1. 薩摩の教え

    西郷南洲遺訓 第24条「天を敬い、人を愛す」

    先週は10月27日、28日に行われた妙円寺参りの模様をお送りしましたが…

  2. いろは歌

    いろは歌「あ」(36番目の歌)

    きょうは、いろは歌の36番目の「あ」の歌をご紹介します。あきらけき …

  3. 薩摩の教え

    西郷が遺した漢詩「早起開扉望桜峰」・「武村卜居」

    西郷南洲遺訓に続き、今週は、西郷さん自身が詠んだ「漢詩」をご紹介してき…

  4. 夏休みこども企画

    夏休み子ども企画「家庭の中の薩摩の教え」①

    今月は、夏休みこども企画ということで、子供たちの元気な声をお送りしてい…

  5. 薩摩の教え

    郷中教育46

    今週も薩摩の青少年教育「郷中教育」についてご紹介していきます。郷中…

  6. いろは歌

    いろは歌「け」(31番目の歌)

    今日ご紹介するのは、いろは歌の31番目の「け」の歌です。賢不肖けんふ…

PAGE TOP