ビールを“昭和の味”で かつて主流だった錫製サーバー復活 鹿児島の職人の挑戦(2023年5月19日放送)

暑い日が増え、キンキンに冷やしたビールがおいしい季節がやってきました。お店などでおいしいビールを提供するためのビールサーバーは今は多くがステンレス製ですが、かつて錫製が主流でした。その復活に、鹿児島の職人が挑みました。


天文館で開かれたビールの試飲会。集まった人たちが注目していたのは、ビールではなく、ビールサーバー。こちらは伝統工芸品の薩摩錫器や焼酎製造の蒸留器などに使われる錫でできています。

昭和初期から昭和40年代のビールサーバーは主に錫が使われていましたが、耐久力やコストなど理由から半永久的に使えるステンレス製にとってかわられ、今はほとんどが姿を消しました。
それがこのほど、鹿児島で復活したのです。

企画したのは、東京でビール専門店を経営する安藤耕平さん(39)です。熱伝導率が高いため冷えやすく、雑味の少ないまろやかな味わいになると言われる錫製のビールサーバー。復活させた背景には、危機感がありました。

(安藤耕平さん)「(ビールの)消費量がどんどん落ちている。そこに危機感を覚えて、これをやろうと。一番ビールが飲まれていた時代のやり方なので」

チューハイやカクテルの台頭などで若者を中心にビール離れが進む中で、高度経済成長期から右肩上がりだった販売消費量は、1994年度の7百万キロリットルあまりをピークに減少に転じ、2021年度には2百万キロリットルを切りました。

(安藤耕平さん)「高度経済成長期、日本が一番元気だったときに飲まれていたビールで、当時のことを思い出してもう一回頑張ってみようかと。ビールを守っていきたい、まだ手遅れじゃない」

そこで安藤さんが訪れたのは、鹿児島市坂之上。焼酎蒸留用の錫蛇管を製造をする岩崎蛇管です。
2代目の岩﨑隆之さん(56)。15年前、勤めていたバス会社を退職して跡を継ぎました。

(岩﨑隆之さん)「ゼロからモノが出来上がる瞬間を見ていると、良いなって。これで終わらせるのはもったいないと、サラリーマンを辞めて継ごうと思った」

2年前に先代の父が亡くなり、現在職人は岩﨑さん1人だけ。全盛期は国内に10数軒あった錫蛇管のメーカーも、今は岩崎蛇管のみです。

(岩﨑隆之さん)「錫蛇管がステンレスに代わって需要が少なくなっている。絶対に錫でなくても良い製法が出てくるのでは、という危機感は常にある」

そこに安藤さんから、錫製ビールサーバーの製作依頼が入ったのです。

(岩﨑隆之さん)「なんで東京の方?なんでビールの方?と思いながらも、やってみたいなと。いろいろな方向性を考えて挑戦していかないと、岩崎蛇管がやっていけないんじゃないかと」

錫とビール、ふたつの業界を救う錫製ビールサーバーを。今は動かすことができない50年ほど前の錫管サーバーを参考に、ビニールホースで試作し、錫を溶接して再現していきます。同じ管でも、焼酎とビールでは求められる技術が異なるといいます。

(岩﨑隆之さん)「管の中が凸凹にならないように溶接していく、これが一番苦労した」
(安藤耕平さん)「ビールは炭酸ガスなので(凹凸で)泡になってしまう」
(岩﨑隆之さん)「手法は手探りでアナログ。棒を管の中に入れて溶接をする。こての力加減も改めて分かったし、勉強になった」

試行錯誤を重ね、およそ1年かけて完成させました。

3月27日、迎えた、ビールサーバーの試運転会。鹿児島市の飲食店に、県内外のビールファンおよそ15人が集いました。

(岩﨑隆之さん)「まずはうまくビールが出るかが不安。分からない、これだけは」

しかし、錫管の溶接部分に穴が開くトラブルが発生。ステンレスに比べ柔らかい素材の錫は、扱い方にも慣れが必要です。テープで応急処置をし、ようやく…待ちに待った、乾杯のときです。

(安藤耕平さん)「本当にこの度はご協力ありがとうございました、乾杯!」

(熊本から)「違う。錫管のほうがまろやか。口当たりの泡が柔らかい。最高」
(福岡から)「自分が生まれたときはもうビニールホースだったけれど、飲んでみたら錫管のほうが良いと思った」

(安藤耕平さん)「鹿児島の焼酎というカルチャーがなければ絶対になりたっていないプロジェクト。50年前と今を繋ぐ管でもあるが、焼酎とビールを繋ぐ管でもある」

(岩﨑隆之さん)「本当に勉強になったし、満足している。必要とされているところにはとにかく挑戦したいし、鹿児島の文化ですから命ある限りやっていきたい」

先人たちの文化・技術を未来へ。業界の垣根を超えた思いが注がれた一杯です。

錫製のビールサーバーは、横浜にこの夏オープン予定の安藤さんのビール店で使用されるということです。


MBCニューズナウ 2023年5月19日放送