
放送日:2026年6月19日
◎…バスに揺られて、私は峠の茶屋に向かっている。バスの中にはリュックを背負ったサラリーマンや日本髪を結った女性たちが乗っていて、車窓から見える富士山の姿に感動し、「やあ」とか「あら」と声を挙げていた。そんな中、私の母とよく似たお婆さんが、富士山には目もくれず、反対側の崖をじっと見ている。私がその崖に目をやると、お婆さんは「おや、月見草」と言って、道端の一か所を指さした。バスはあっという間に通り過ぎたけれど、私の眼には黄金色の月見草の花ひとつが残った…富士には月見草が良く似合う…◎
かなり要約したが、太宰治の小説「富岳百景」の一節だ。高校生の頃に読んで、この「富士には月見草がよく似合う」という最後のフレーズだけが妙に心の底に沁み込んでいた。もちろん、実際に富士山なんて見たこともなかった。初めて日本最高峰の富士山の姿を眺めたのは大学受験で上京した時のことだ。
太宰と言えば『走れメロス』『人間失格』『斜陽』などの作品で知られる。「生まれてすみません」とか、「恥の多い生涯を送ってまいりました」という言葉で有名な、いわゆる無頼派の作家として、今よりかなり多感だった高校生のボクの不安定な気分にはピッタリとはまっていたのかもしれない。芥川龍之介も『羅生門』『河童』『歯車』など、出てくる言葉の難しさには閉口したけれど、とくに晩年の厭世的で漠然とした不安感の漂う作品も好きだった。振り返れば、そういう年頃だったのだろうな。太宰にしても芥川にしても、自分の小遣いで買った本ではない。どれもこれも、元々、文学少女で短歌を詠んでいた母が買い与えてくれたものだ。将来、ボクが文筆で身を立て、人気作家として名を成して、故郷の本屋でサイン会…なんてこと、夢見ていたのかどうか知らないけれど、あれから何十年、どこにでもいそうな、ただの飲兵衛のオヤジになってしまっている。
で、その太宰治だが、遺作に近い晩年の作品に「花吹雪」という作品がある。その一部を紹介すると…「この寺の裏には、森鴎外の墓がある。どういうわけで、鴎外の墓がこんな東京府下の三鷹町(いまの三鷹市ですね)、にあるのか、私にはわからない…私の汚い骨も、こんな小綺麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかも知れない…」
太宰は1948年、昭和23年、女性とともに玉川上水に飛び込み、入水自殺する。二人の遺体が発見されたのは今日、6月19日。奇しくも太宰の39歳の誕生日で、死後、美知子夫人は夫の気持ちを汲んで、この三鷹の墓地、森鴎外の墓の斜め前に夫を葬った。亡くなる直前の小説、桜と桃と書く「桜桃」にちなみ、この日は桜桃忌と呼ばれる。
「富士には月見草がよく似合う」という一文が長い間、心に引っかかり続けているのだが、実は、その月見草をはっきりそれと意識して眺めたことは一度もない。どんな花なんだろう。調べると、ツキミソウの花は白く、黄色い花のマツヨイグサと間違えられることが多いという。「黄金色の月見草」と書いた太宰も、ひょっとしたらマツヨイグサを月見草と勘違いしていたのかも知れない。
桜桃忌はもちろん、いまの季節の、月見草は夏の終わり頃、晩夏の季語だ。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭










