MBCラジオ

「#102 美しき停滞」風の歳時記

物好きといえば、確かにそうだが、台風6号が最接近した日、友人と二人で鹿児島市の天文館を歩いた。幸い、思ったほどの雨風はなかったものの、市電やバスはほとんど停まり、デパートなどの商業施設も臨時休業、アーケード沿いの商店も軒並みシャッターを降ろしている。アーケードの入り口から見通すと、お昼時というのに、歩いている人は僅か数人。ふだんの賑わいが嘘のような、まるで街全体が息を止めてしまったようだ。

台風が近づいているのだから、人通りが絶えて閑散としているのは当たり前なのだが、商店街のこの静まり返った姿は、ひょっとすると、30年、40年後の日常の風景になるんじゃないかと、ふと思う。「この勢いで人が減ったら、そうなるかもしれないなぁ。まぁ、その頃には、当然、ボクたちは生きていないだろうけど」と友人も相槌を打つ。

そんな話になったのも、ちょうど、その頃、日本の総人口が5年間で300万人ほど減ったというニュースが流れたこともある。300万人といえば鹿児島県の人口のざっと二倍ほどの数だ。政府の予測では、22世紀の入り口、あと75年ほど先には日本の人口は4000万人、つまり、いまの3分の1になりかねない。ということは、その頃の鹿児島県内の総人口はたぶん50万人程度、今の鹿児島市より少ない。明治維新前夜の薩摩藩、西郷や大久保が洟水を垂らして加治屋町界隈を駆け回っていた頃の人口だろうか。

そうなったら、どうなるんだ。友人と二人で想像してみる。

「まぁ、いまの市町村などの地方自治体はかなり無くなってるだろうね」「そうだろうな、なにしろ、南北600キロの鹿児島県にたった50万人だからなぁ」。

住んでいる人が極端に減ってしまう田舎では水道やガス、道路のメンテナンスが次々に終わり、耕作放棄地ならぬ居住放棄地となって、いつしか自然の野原や森や林に還ってしまうのだろう。集落や小さな町を結ぶ道路は閉鎖されて、幹線道路だけを自動運転車がポツポツと走っている。鹿児島市の人口も20万人くらいになっているのだろうか。住宅も商業施設も学校も中心部にこじんまりとまとまって、かつて次々と造成された郊外の団地は公園やキャンプ場や市民農園に変身、広い畑で親子連れがキュウリやピーマンやソラマメ、スイカなどを作っているかもしれない。行政の窓口でも介護施設でも病院でもAIロボット君が忙しそうに働いている。大規模な開発もなくなって、その時代のニーズに合わせてリノベーションを繰り返し、モノを大切に使い続けるようになるに違いない。食糧の自給率は、人口が減った分、少しは改善されてるのだろうけれど、エネルギー源だけは輸入に頼っているだろうから、資源の無駄遣いは命取りだもの。

と、台風の日の、人影の見えない天文館を歩きながら、友人と二人で妄想を膨らませる。

「人口が3分の1に減った世の中、どうなるんだろうね」「さぁ、どうなるんだろう」

と、話しながら、友人が付け足すように言った。「確か、司馬遼太郎だったかな、『美しき停滞』って言ってたけど」。そうか、「美しき停滞」か。立ち止まり、足踏みをしている状態だろうか。浪費もないし、使い捨てもない世界。停滞というか、成熟というか。話しているうちに、確かに、それも悪くないなと思えてくる。

翌日、台風一過の空の下、昼下がりの天文館はいつもと変わらない人々で賑わっていた。                                                                                                                                             

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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