MBCラジオ

「#95 潮干狩り」風の歳時記

砂の中を指でまさぐり、それらしきものの感触を確かめる。角ばっていて重かったら「ああぁ、石だぁ」と溜息をついて後ろに投げ捨て、表面がザラザラした薄い楕円形のものを探り当てるとホッとして、そばのバケツに投げ込む。子どもの頃、ほとんどは山奥のムラ暮らしだったが、一時期、海辺の町で住んでいたこともあった。ツツジが咲き乱れる頃になると子供たちだけで潮干狩りに行っていた。小さな熊手とバケツとタオルを自転車の後ろに積んで、片道2キロもあっただろうか。

裸足になり遠浅の砂浜、それも大人たちがあまり入っていないような、岩場づたいに遠回りする少し沖合の中洲を目指す。毎年のことだから、広い海岸のどのあたりにアサリたちが生息しているか、経験でわかっていた。小さな仲間たちと一斉に掘り始める。ヒトデの死骸が散らばる砂浜のまわりでは、片方のハサミだけが大きいシオマネキがチョロチョロと動き回っていた。

潮干狩りとはいうけれど、子どもの頃、そんな風情のある言い方をしたことはない。実に率直、そのままに、「貝掘り」と言っていた。アサリでバケツが一杯になるのに、ものの1時間もかからない。夢中な分だけ、文字通り、あっという間だった。大型連休に家族連れが押し寄せて、砂浜が黒山の人だかりになることもなかったし、周りを見渡しても、近所のオバさんたち何人かが裾をからげ、腰を曲げて、掘っている。そんなのんびりした風景だった。

基本的に子供という存在は、稼ぎがなく、親に養われている。当たり前だといえば、確かにその通りなのだが、今になって思い起こしてみると、子供は子供なりに、単に養われるだけの家族の一員であることに、違和感というか、負い目というか、そんな感覚を密かに抱いていたような気がする。別に自慢できるほど「よい子」では全然なかったが、父や母から、裏の畑の大根を抜いてきたり、鶏小屋から卵を採ったり、薪割りを手伝ったり、五右衛門風呂を沸かしたり、を頼まれることが、ほとんど苦にならなかった。その延長線上に貝掘りもあって、たいていは内緒で海に自転車を走らせ、バケツ一杯のアサリを持ち帰った時の「あらぁ、今夜は貝汁だねぇ。それとも、今から焼いて食べようか」という母のうれしそうな顔を見たかっただけなのかもしれない。稼ぎがなくても、養われているだけでも、それでも、ボクにだってできることがある。きっと大人に媚びる、自意識過剰な子だったのだろう。

夕食の貝汁まで、とても待てなかったから、たいていは庭で七輪に炭火をおこし、網の上でそのまま焼いてフ~フ~いいながら食べていた。掘ってきたばかりのアサリがじわりと殻を開き湯気を立てている。天然の海の水の塩加減が何ともいえない潮の香りを引き立てていた。

数年前、何十年かぶりに浜を訪ねてみた。海岸の一部が造成されて住宅地になっていた。

潮干狩りは春の終わり、晩春の季語だ。なぜだろう、ボクの体内時計では、潮干狩りは半ズボン、麦わら帽子のイメージと重なって、いつまでも、初夏の感覚なのだけど。

3日前の5月5日が立夏。暦の上では、もう、夏に入った。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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