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「#96 ビールのおつまみ」風の歳時記

街路樹のクスノキが輝き始めている、空に向かって萌え立つように一面の新緑が広がるのと入れ替わりに、寿命を終えた葉っぱたちが舞い落ちる。落ち葉というと秋のイメージだが、クスノキだけはこの時期に葉を落とす。「樟落ち葉」は、だから、初夏の季語だ。

新緑が眩しい季節になると、鹿児島市内でもあちこちでビアガーデンがオープンする。梅雨入り前のこの時期、気温もどんどん上昇し、仕事帰りに喉を潤したくなる季節だ。大勢が集まって、ワイワイと飲み、食べ、語る風景は平和そのものだが、この春はアメリカの少しクレイジーなおっさんのせいもあって、これからの暮らしぶりも気になるし、そもそも、有限なエネルギー源に思いを巡らせると、いまひとつ心が弾まない。そそくさと帰宅し、買い置きしていた缶ビールをプシュッと開けて、ベランダで一気に喉に流し込む。何とも不穏で不機嫌な、イヤな時代になったものだと溜息をつく。

子どもの頃、集落のオヤジたちが集まっての宴会でも、ビールはつきものだった。当時、テーブルの上に並んでいたのは瓶ビールばかり。缶ビールを見た記憶はない。都会では普及していたに違いないのだが、缶ビールを初めて見たのは村を出てからだった。

宴会では、酔っ払ったオッサンたちがことあるごとに「おい、ちょっと飲んでみるか?」とグラスを突き出す。小学生のボクにである。社交性というかどうかはともかく、大人に迎合し、お追従も苦にならない、自尊心に乏しいボクだったから、ニコニコしながら唇の先で少しだけ掬い取るように味わってみる。苦いことは、とっくにわかっていた。泡の出るこの液体のどこが旨いのか、本当にわからなかった。しかめっ面をして「うぇ~苦い!」と叫ぶボクを見てオヤジたちが面白そうに「そうか、苦いか。アハハ」と手を叩いて喜ぶ。何度も繰り返した、実につまらない、なれ合い劇だった。

どの子どももたいていは、そうだったのだと、思う。幼いころ、甘くも旨くも奥行きのある味わいも何もない苦い液体だっただけのビールが、二十歳前後になってくると、にわかに旨味を感じ始め、あの爽やかな喉ごしと炭酸のキリっとした刺激から逃れられなくなってしまう。子どもの頃に大嫌いだったミョウガやショウガやニガウリが、大人になると、たまらなく美味しく感じるようになる。あれと同じなんだろうな。味覚とは、実に不思議な変化を遂げるものだ。

あるアンケートによると、ビールに合う「おつまみ」の圧倒的第一位は「枝豆」、2番目が焼き鳥、以下、から揚げ、ナッツの順だそうで、さらに、チーズ、ギョーザ、するめ、さきいかなどが並ぶ。スルメやサキイカはおそらく関東以北のビール党の好みなのだろう。大阪以西の居酒屋では、あまり、お目にかからない。ご当地・鹿児島だったら、枝豆と双璧の「茹で落花生」が登場するところだが、全国調査だから、まぁ、仕方がない。

ただ、個人的にあえて主張するなら、ビールに合うおつまみとして、絶対に欠かせないのは、豆腐、地元言葉でいえば「おかべ」だと思う。たっぷりの鰹節をふりかけ、ジャブジャブと濃い口醤油をぶっかけた冷奴。縁側と団扇と蚊取り線香が似合う、昭和のビールの風景でもある。やはり、ビールは豆腐に限る。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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