2人目は、奄美出身の唄者・里アンナさんです。
去年は大河ドラマ「西郷どん」のメインテーマで歌声を響かせた里さんに、豊平アナウンサーがうかがいました。
(里アンナさん)
「唄は祖父から教えてもらっていて、18歳まで祖父に三線を弾いてもらって唄を歌ってました。もう生活の中に、私は島唄がありました」
唄者・里アンナさん(39)。
奄美大島の旧笠利町で生まれ育ち、3歳のころから、島唄を歌い始めました。
ミュージカルや舞台など国内外で活動を広げる里さんですが・・・
去年。この歌声で、一躍注目を集めます。
(里アンナさん)
「奄美のことも『西郷どん』を通して知ってもらうことが増えたし、島唄も多くの方に知っていただき、同時に自分の声も聞いていただいたり/私にとっては本当に大切で思い出深い1年となりました」
里さんにとって島唄は、幼いころから生活の一部だったと話します。
(里さん)
「母が、祖父の島唄をカセットテープに録音して、それを私が寝るときに枕元に置いて、聞かせて寝かせてたという話を聞きました」
(豊平アナウンサー)
「じゃあもう、島唄の睡眠学習みたいな・・」
(里さん)
「ほんとに、小さいころからそうだったので、たぶん死ぬまで一生離れていかないんじゃないかなって(笑)あと私が祖父の家に泊まりにいくと、近所の人が集まったりすると、三線を持ってきて唄会が始まってという感じだったので」
そんな里さんが島唄と同様、大切にしているふるさとの文化・・それが、大島紬です。
(里さん)
「島唄を歌うときはいつも着物を着ていて、私の家族みんなが大島紬の仕事をしていたので、いつも、母や祖母が機織をしている横でずっと見ながら島唄も練習していたりとか、糸繰りも手伝ったりとかずっとしていたので、自分の中には、島唄と大島紬は、生活の中にありました」
この日着ていたのは、「秋名バラ」という柄。
(豊平アナウンサー)
「秋名バラ柄というのは伝統的な柄なんですよね?」
(里さん)
「はい、いろんな柄がある中で、すごく好きな柄で/トラディショナルな感じもありますし」
里さんは、3年ほど前から、活動の拠点を東京から奄美に移しました。
今、ふるさとの魅力を再認識しているといいます。
(里さん)
「奄美に18歳まで住んでいたときは知らなかったことというか、美しいものも、当たり前のものだと思って見ていたんですけど、今は、あ、奄美、自分のふるさとってこんなに素敵で美しいところなんだなということを肌ですごく感じられる喜びというか、そういうものを日々、奄美に帰るたびに感じています」
島唄を通して、多くの人に奄美を感じてもらいたいと話す里さん。
その可能性を信じ、活動を続けます。
(里さん)
「本当に大島紬もそうですし、島唄もそうですし、次の世代に残していけるように、私自身もがんばっていかなきゃいけないなって思っています」