今日から3日間は、庄内南洲会 理事長の水野貞吉さんにお話をお伺いします。
庄内南洲会は、山形県酒田市で南洲神社や南洲会館を運営している財団法人です。
まずは、その庄内南州神社の成り立ちについてお聞きしました。
(水野さん)「まず南州翁遺訓を勉強する人たちの集まりがありました。最初3人くらいだったのが、だんだん多くなっていって、その中から西郷先生と地元の菅先生のお二人を祀った神社を作りたい…という話が出たのが昭和40年代。そして、昭和51年になって神社を作ることになった。
そこで、その前の年に財団法人 庄内南州会が設立されて、全国のたくさんの方々からご協力をいただき、51年に神社ができ、同じ年の9月に会館もできた…ということです。」
水野さんは庄内南洲会の4代目の理事長ですが、神社が創建されたのは、2代目理事長の長谷川信夫さんの時でした。
(水野さん)「(2代目理事長の)長谷川信夫先生が、旧制中学校2年の時に、南州翁遺訓は庄内の人たちが作った…という講演を聞いた。その長谷川さんが当時下宿していたのは、菅実秀翁のお孫さんにあたる方の家だった。。。
そこで初めて、「南洲翁遺訓というものはこういうものだ(本物)」というのを見せられ、さらに中学校を卒業する時に、記念に遺訓を一冊いただいた。それ以来、長谷川先生は、遺訓を肌身離さず持って勉強し、実践もし、多くの人に広めた。
そんなことがあって、その後、学校の先生をしたり私学校に入ったりしていたが、酒田に帰ってきて開いた本屋さんで、お客さんに「南洲翁遺訓を読んでくれ」ということで、広めていく中で、勉強会をやろうという動き(この活動や南洲神社創建の動き)が始まった。」
明日もお楽しみに。