
放送日:2025年11月21日
すっかり黄ばんで、触れると今にも破れそうな古新聞が手元にある。
当時としては珍しく、一面トップは赤いカラー印刷の大見出しで「皇太子妃に正田美智子さん」。当時の皇太子、いまの上皇さまですね、その皇太子の結婚について、この日、皇室会議が開かれ、婚約がまとまったことを8ページにわたって特集している。前年に軽井沢のテニスコートで知り合い、想いを育んだお二人。日清製粉の社長の長女が皇太子のお妃(きさき)になることについて「皇族でも華族でもなく一般家庭から選ばれたことは異例である」と記事は強調する。67年前の今月、昭和33年11月27日付の毎日新聞の特別夕刊だ。
記事には「ご婚儀は来年の秋」、つまり1年後とあるものの、実際には半年後の翌34年4月に結婚されている。記事の誤りなのか、それとも何かの理由で結婚を早めたのか。
昭和34年といえば、プロレスの力道山人気が絶頂期、相撲界では栃錦・若乃花時代が始まり、徳之島出身の朝潮が横綱に昇進、ご成婚ブームで一気にテレビが普及し、砂嵐がひっきりなしに画像を乱すブラウン管を飽きずに見つめていた。その頃、まだ、テレビはお金持ちのステイタスシンボルだった。そういえば、初の天覧試合となった巨人・阪神戦で巨人の長島が村山からサヨナラ本塁打を打ったのもこの年だった。折から、日本経済は高度成長への歩みを確かにし、子供も大人もやがて来る日々の明るさを疑うことのない、麗らかな春の日溜まりのような一時期でもあった。
実は同じ日付の読売新聞夕刊もボクの手元にある。え?なぜ?と思われそうだが、実は、古本屋に行って、昔の新聞を買い求めるのが、ボクの趣味なのだ。その昭和33年11月27日の読売新聞の記事では、いまの上皇さま、当時の皇太子の若き日の家庭教師だった米国のバイニング夫人がこう語っている。
「皇太子夫妻は、どこの国の宮廷でも見られるように形式と拘束に苦しめられ、個人の好みや自由を国家の要請の前に絶えず犠牲にしなければなりません…二人が互いに理解と愛情をもって励ましあって、人間として心身両面で成長することが何よりかんじんです。このようにしてはじめて二人は簡素で幸福な結婚生活をうちたてられます」
日本が採用する立憲君主制の是非については賛否もあるだろう。ただ、多少の思いの濃淡はあれ、あの戦争の悲しみ、痛みと苦しみが、いつの間にか過去のヴェールの向こう側に押し込められようとする中で、近隣の国々も含めて、誰よりも鎮魂の旅を重ねてきたのがこのお二人であることに異議を差し挟む人は少ないだろう。
上皇ご夫妻の婚約にあたって、家庭教師だったバイニング夫人が贈った言葉、お互いが励まし合いながら人間として成長すること、その結果として、簡素で幸福な生活が実現するという言葉を噛み締める。
改めて、当時の新聞をめくりながら思うのは、「簡素な幸せ」って、高度成長とバブル経済を経験する中で、いつのまにかボクたち日本人が置き去りにしてしまった生き方のような気がしてくる。物価高に喘ぎながらも、溢れるほどのモノに囲まれて、幸せの物差しが見えなくなり始めているのではないか。
明日は小さな雪と書いて小雪。冬支度を急ぐ季節になった。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭









