MBCラジオ

「#58 墓マイラー」風の歳時記

風が止まる。頭上の太陽から陽射しが遠慮会釈なく降り注ぐ。額に流れ落ちる汗をハンカチでぬぐい、顔を上げる。近くには木陰ひとつなく、一面、無機質な石の墓標が立ち並んでいる。

先月の半ば、東京の青山霊園を訪ねた。超高層ビルに囲まれた都心のど真ん中、東京ドームが5、6個入るほどの広大な墓地をひたすら歩く。まずは明治維新の立役者である大久保利通の墓前に参る。青山霊園でも際立って広いお墓の入り口には鳥居が立っていて、墓石の高さは3m以上はあるだろうか。西郷隆盛が西南戦争に敗れた翌年の明治11年5月、大久保は不平士族に襲われ暗殺される。一説では、西郷を愛する薩摩の人々に嫌われ、死後も鹿児島に戻ることができなかったと伝えられるが、本当かどうか。お墓のそばには、暗殺当時、大久保の馬車の御者として犠牲になった中村太郎も葬られていた。

続いて新しい千円札の肖像となった北里柴三郎、歌人の斎藤茂吉の墓を訪ね、初代警視総監の川路利良、志賀直哉、日露戦争の将軍・乃木希典(のぎまれすけ)…と、霊園の案内マップを片手に黙々と霊園を歩き続ける。

なぜお墓巡りをするようになったのか、自分でもよくわからない。3年ほど前から、青山霊園や谷中(やなか)墓地、雑司ヶ谷(ぞうしがや)墓地などを訪ね、政治、軍事、文学、芸能、スポーツなど、さまざまな分野の著名人のお墓を訪ねるようになった。今年は昭和100年、明治維新からだと157年目にあたる。日本の近代史、現代史の本を読み進むうちに、そこに登場するさまざまな人物のお墓を見たくなっただけのことだ。墓の前に立って、改めて目の前の土に眠る人の生前の生き方、良きも悪しきも含めて、その人とその時代に思いを致すのも悪くない。趣味といっていいのかどうかわからないけれど、最近はそんな人たちが少しずつ増えていて、「墓マイラー」と呼ばれるのだそうだ。

青山霊園の翌日は横浜の曹洞宗(そうとうしゅう)の総本山・総持寺(そうじじ)の墓地に足を運んだ。ここには、俳優の石原裕次郎、そしてアントニオ猪木のお墓がある。石原裕次郎のお墓には「石原」の名前は見えず、ただ「裕次郎」とだけ刻まれていた。アントニオ猪木さんのお墓には「燃える闘魂」と刻まれた石碑とともにブロンズ像が立っている。今でも多くのフアンがお参りしていて、花が絶えることはない。

ふと気づいたのだが、裕次郎とアントニオ猪木の墓を除いて、どこのお墓もほとんどお花が供えられていない。一緒に歩いた友人も「鹿児島のお墓とはまるで違うね。どこにもお花がない」と首を傾げている。確かに、どの有名人のお墓も、もう長いこと誰もお参りしていないのだろう、花立てには何もないか、萎れた茎が残っているだけだった。

鹿児島では花が供えられていないお墓は少ない。どこのお墓も花が絶えることはなく、切り花の消費量は毎年全国のトップクラスだ。それが当たり前の感覚になっていたが、大都会では、いまは亡き人たちを偲び、感謝し、御霊の安息を祈る心は少しずつ消えかかっているのかもしれない。

今日は旧盆の中日、敗戦から80年の日でもある。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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