
放送日:2026年6月5日
ここ数十年、毎月のように上京している。羽田から、電車に乗る。黙々とスマホをイジリ続けている人たちばかりだ。都心の街に降り立つと、人の多いこと!とくに今の季節だと雑踏の人いきれに参ってしまう。ビルの隙間の空気はどんよりと沈殿している。交差点を行き交う人々は誰も無口で、おまけに早足だ。辺りを見回すと、数十階建ての高層ビルが競うように建ち並んでいる。羽田空港に着陸する直前、飛行機が都心部からアプローチすることがある。上からビル街を見下ろすと、まるで霊園に並ぶお墓の列に見えてくる。100年後の東京は、大規模修繕も建て直しもできずに廃墟と化したビルがずらりと並んで、まるで巨大な墓場の風景になっているのではないか。墓標となったビルの群れ…恐ろしくも、疎ましくもある妄想だが、あり得ない話ではない。全ての物質、モノというモノはエントロピーの法則に則って劣化していく。いらぬお世話だけれど、林立する60階建てのビルたちを先々、どうするのだろう。
その東京で、最近、ふと気づいたことがある。ほんの少し前まで、この都市は、全国から若者たちを吸い上げ、ひたすら前に進むエネルギー源にしている街だとばかり思い込んでいた。ビジネス街といわず、夜の盛り場といわず、小うるさいくらいの若い熱気に溢れている。颯爽と早足になるのもわかる。高度成長の波に乗せるように、若い人たちをひたすら送り出し、ふと気がつくと我がムラやマチの人口は恐ろしいほど減り続け、しかも、その多くを高齢者が占めるようになった鹿児島とはまるで違う。しかし、最近、ふと感じるのは、その東京でさえ、お年寄りと、そうでなくとも、50歳代以上の熟年世代の姿が増え始めている。人口統計のデータを調べた訳ではないので、全くの肌感覚なのだけれど、20年、30年前に比べると間違いなく高齢世代の姿が目立つようになってきた。
鹿児島市の天文館を歩いていると、杖をついたり、シルバーカー、手押し車で身体を支えるように行き来するお爺さん、お婆さんの姿はごく当たり前。このところの蒸し暑さの中では少々お気の毒で、辛そうにも見えなくはないが、それでも、こうして繁華街に足を運び、店を覗き、ランチを楽しんでいる風景は傍目にもホッとする。ぶつかりそうになるほどの人波が行き来するわけでもなく、転んだり、倒れそうになったり、落とし物をして困ったりしているお年寄りがいたら、周りの人たちが駆け寄って手助けしてくれる。「ちょっと、ボク、仕事で先を急いでるんで」などという人はほとんどいない。それが、一足先を行く高齢化先進地・鹿児島の自然な振る舞いになっている。
あの若いバイタリティに溢れていた東京に、ここ最近、ご高齢の方々の姿が目立ち始めたのも当然と言えば当然。全国各地の田舎から若者が東京を目指し始めたのは1960年代から70年代。半世紀も前のことだ。その青年たちは当然ながら、ほぼ全員、お年寄りの仲間入りをしている。そして、これからさらに、一気に高齢化が進んで、15年後の東京は400万人を超える高齢者で溢れかえることになる。なんと、400万人!
病院、クリニックはもちろん、介護施設も、火葬場もお墓も、いったいどうなることか。東京の将来をあれこれ心配しても甲斐のない話だけれど、上京するたびに、つくづく、鹿児島で暮らしていることをありがたいと思う。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭










