MBCラジオ

「#49 貧乏と貧困」風の歳時記

観るともなくテレビを観ている。番組途中だったのだろう。CMが終わって、次の画面では、いきなり路上にポイと財布が投げ出され、隠しカメラがその財布を映し続けている。 

二人連れの若い女性が落とされた財布を見つけ、それを拾って、小走りで撮影者のもとに駆け寄り、声をかけながら財布を差し出す。どうやら、この番組、わざと財布を落とし、それを拾った人がどうするか…という実証実験をしているようだ。画面がスタジオに切り替わって、男女から「え~、すごい!みんな返している」と一斉に大袈裟な声が上がる。

撮影したのは若いアメリカ人。東京の渋谷で50回も財布をわざと落とし、その50回すべてで、拾った日本人が正直に声をかけ、丁寧に返してくれたという。なんと日本人は正直で親切なのか…。ボクたちにとっては目の前で財布を落とした人に声をかけて返すのは当たり前のことだが、海外の人たちにとっては驚くべきことであるらしい。日本人の道徳心が褒められるのは悪い気がしないけれど、「もし、一人でも返さないでネコババする人がいて、それを隠しカメラが撮り続けていたら、どんなことになるのか」。そう考えると、こんな実験は罪作り、悪趣味だなとも思ってしまう。

この番組を見ていて、本棚に、ある本があるのを思い出した。20年以上も前、古本屋で買った「日本その日その日」という一冊だ。発行されたのが昭和14年とあるから、もう80年以上も前。黄土色に変色していて、恐る恐るめくらないと、どのページも剥げ落ちてしまいそうだ。

著者は明治の初めに東京帝国大学の動物学の教授として招かれ、日本各地を訪ね歩いたモース博士。大森貝塚の発見者としても知られる。そのモース博士は西南戦争の2年後の明治12年に鹿児島も訪ねていて、西南戦争で灰燼に帰した当時の市街地の様子と人々の暮らしが生き生きと描かれている。その頃、鹿児島ではコレラが流行っていたようだ。その中の別の部分だが、こんなくだりがあった。

「人びとが正直である国にいることは実に気持ちがいい。私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとはしない。錠をかけない部屋の机の上に、私は小銭を置いたままにするのだが、日本人の子供や召使いは一日に数十回出入りしても、触ってならぬものには決して手を触れぬ。私の外套をクリーニングするために持っていった召使いは、間もなくポケットに小銭が入っていたのに気がついて、それを持ってきた。日本人が正直であることの最もよい実証は三千万人の国民の住家に錠も鍵も閂(かんぬき)も、いや錠をかけるべき戸すらもないことである」。

また、モース博士はこの本の中で「日本には貧乏人は存在するが、貧困はない」とも書いている。いまから150年ほど前、この国の人々の暮らしは決して豊かではなかった。が、それでも、この狭い島国で人々がお互いをごく自然に支え合い、森や海や野や川と柔らかく向かい合いながら生き抜いていく智慧を身につけていたようだ。150年前のモース博士の観察眼は何を教えてくれているのだろう。

私たちが手にしたものと、失ったもの……。ぼんやりと考えている。

テレビ番組は賑やかに、次の話題に移っている。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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