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「#3 ゼニカネ」風の歳時記

「#3 ゼニカネ」風の歳時記

うんと昔、昭和の時代の話、会社勤めを始めて間もなくの頃だった。折から春闘賃上げ交渉の真っ盛り。労働組合の集会で、賃上げ要求をいくらにするか、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が白熱していたちょうどその時だった。初めて集りに顔を出した職場の先輩が、突然、声を張り上げた。


「聞いてりゃ、なんだ!みんな、銭金(ぜにかね)のさもしい話なんかするんじゃない!恥ずかしくないのか」


一瞬、その場が水を打ったように静まり返った。何しろ、いくら給料を上げさせるかの議論の真っ最中。想定外の、思ってもみなかった場違いの一喝だったけれど、居合わせた多くの同僚たちが「言われてみれば、そんな気もするな」と我に返ったような。そんな不思議な雰囲気だった。


こんな古びた記憶を抽斗(ひきだし)から出してきたのには訳がある。


このところ、キャッチコピーにやたらと登場する「稼ぐ力」「稼ぐ観光」「稼ぐ農業」「稼ぐ営業」「稼ぐ組織」…。この剝き出し「稼ぐ」という言葉に何ともザラリとした違和感を感じて仕方がないのだ。「稼ぐ」と同じようにスルリと腹に落ちてこない言葉に「儲ける」というのもあるのだが、なぜ、心地よく素直に心に溶け込んでこないのだろう…。


「 お金の話をするのは品がない」という、この国の伝統的な感覚もあるかもしれない。でも、それだけではなさそうだ。
たぶん…ここからは勝手な思い込みかも知れないけれど、「稼ぐ」って、お金を手に入れる自分の姿だけがあって、お金を払ってくださるお相手、お客さまの姿がどこにも見えない言葉なんだな。もう一ついうと、お客様に提供する商品を苦労しながら作ってくださる人たちもかき消されてしまっている。
人と人とがさまざまな関係を取り結びながら、差し上げたり、いただいたり、交換したり、有難がったりしながら、支え合い、暮らしを立てる。そんな、たおやかで優しい関りが「稼ぐ」「儲ける」という一言でガラガラと崩れ落ちてしまうような感覚といってもいい。


「言葉一つにムキにならなくても」と言われそうだけど、でも、組織や団体や運動のスローガンに、堂々と「稼ぐ」を使うのだけは勘弁してほしい。言葉は言の葉であり、言霊であり、その一つひとつに神が宿っている。言葉の向こうに、その人の本心や品性や心根が期せずして映し出されている。そんな気がするのだ。


「銭金のさもしい話なんかするんじゃない!」
と、若い後輩たちを叱りつけた昭和のオジサンも他界して、もう、5年。
訃報が届いたのは、蝉時雨が降り注ぐ真夏の朝のことだった。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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