
放送日:2026年7月10日
台風が東に去ったと思ったら、桜島がご機嫌斜めなのか、猛烈な火山灰が鹿児島市内に降りしきった。どこの洗車場も長い車の列ができて、足を向ける気にもならない。車を洗っても、いつまた桜島の洗礼を受けるかわからないと思えば、「まぁ、いいか」と灰だらけの車を走らせる。毎年のこととはいえ、少し鬱陶しい。
梅雨の中休みの午後、友人から「蜂蜜採りに行こう」とお誘いがあった。「蜂蜜を採る?」「どうやって採るのか」「蜂に刺されはしないか」「そもそも、いきなり行って、採れるものなのか」…さまざまなクエスチョンが頭の中を点滅する。蜂蜜はもちろん好きだ。朝のトーストに塗ってみたり、紅茶に落としてみたり。新婚旅行をハネムーン、蜜月というくらいだから、古来、人間が最も好んで食べていた貴重な甘味なのだろう。まぁ、「人の不幸は蜜の味」というイヤな使われ方もあるけれどね。
ということで、鹿児島市の中心部から車で走ること30分ほど。人家が途絶え、周りには棚田と孟宗竹やタブノキ、シイ、クス、イスノキなどの照葉樹が茂っている。ニホンミツバチで養蜂を営んでいるのは友人のそのまた友だちのオジサン。頭からかぶる蜂よけの防虫ネットを渡され、厚手の手袋で完全武装して、森の中の巣箱を目指す。
「そろそろ始めますかね」と、三段重ねの木の巣箱の最も上の箱と二番目の箱の間の隙間に鋸を差し込み、ゆっくりと引いていく。その瞬間、数百匹の蜜蜂たちが一斉に巣箱から飛び出してきた。そうだろうな。平和に子育てに励んでいた家の中に、いきなり巨大な刃物が侵入してきて、マイホームを真っ二つに切り刻まれるのだから。
巣箱の一つを切り取ると、中にはぎっしりと規則的に並んだ何枚もの蜜の板、黄金色というか琥珀色というか、蜜がたっぷりと詰め込まれた板のような巣が姿を見せる。画像でお見せできないのは残念だが、息を呑む瞬間だ。数えきれないほどの蜂たちが、動転したかのように周りを飛び交うが、気にもならない。養蜂家のオジサンによると、ニホンミツバチは西洋ミツバチと違って、温厚で控えめ、あまり刺したりしないそうだ。
そう聞くと、何だか、気の毒な気分にもなる。何しろ、数千匹の働き蜂が何カ月もかかって、周囲の花たちからコツコツと集めてきた蜜を、横取りしているのだもの。オジサンに聞いた話だが、ニホンミツバチの寿命はせいぜい40日余り。その短い一生の間に働き蜂1匹が集めてくる蜂蜜はスプーン一杯程度なのだそうだ。あぁ、申し訳ないな、と思う。
手に入れた板状の蜜の固まりは、そのまま脱水機にかける。巣の骨格部分である「蜜蝋」と「蜜そのもの」とに分けて、蜜だけを絞り出す。ポタポタと蛇口から滴り落ちる搾りたての蜂蜜を指先ですくって舐めてみる。できたて、いや、採り立てというか、盗んだばかりというか、一瞬、ほんのわずかの酸味が広がり、その後を追うように淡白で濃厚な、矛盾したような天然の甘さが口いっぱいに広がって、言葉もない。
この甘さには、蜂たちの群れを手塩にかけて育ててきたオジサンの愛情まで注ぎ込められているようだ。
蜂は春の季語。とはいうものの、蜂の舞い飛ぶ姿は夏めくこの季節の日差しにもよく似合う。そういう時は「夏の蜂」という言葉を使う。立派な夏の季語となる。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭










