毎月、日本の偉人をお送りしています。
今月は先月に引き続き「河原操子」です。
操子は日本から初めての女性教師として、上海で教鞭をとっていましたが、1年くらい経った明治36年、蒙古(今はモンゴル)へ転勤する辞令を受け取りました。
当時の蒙古には、100余りの小さな王国があり、その多くはロシアを恐れる中、カラチン王国だけは日本びいきだったのです。
そのカラチン国の王様は女子教育の必要性を感じて、日本政府に女性教師の派遣を要請してきたのです。
今から100年以上も前に、女子教育の必要性を感じていたなんて凄い王様!!
でも一般市民はそうはいかなかったようで・・・
「日本人が来たから、王様のいるお城へ娘を連れてこいということだが、どうするんだろう?」
「王様は、100人の娘を日本に送るそうだ」
「日本人が食べるのか?」
「いや、殺して脂を取って、シャボンを拵えるんだそうだ。」
なんて思われていたそうです。
こんな状況の中で、王も王妃も生徒集めに手を焼きましたが、操子の努力の甲斐あって、開設したユイチャン女学堂では、操子の懸命な努力と誠意を込めた教育が実を結び、多くの学生の喜びは言葉には表せない程大きなものでした。
すごい功績ですね!!
そして、生徒だけでなく、王と王妃も生徒と一緒に勉強されたそうです。
2年余りが過ぎ、日本からの後任がやってきて、操子は惜しまれながらカラチンを離れることになります。
そしてカラチンを離れるに際して、3人の少女を日本へ伴いました。
操子が日本へ連れてきた3人の少女は、下田歌子が開いた実践女学校で7年間学びました。
そしてその3人の女性は、母国カラチンへ帰った後、操子の後を継ぐ立派な教師になりました。
蒙古にいる間、操子はもう一つ大事な国家の仕事もしているのです。
時は日露戦争・・・
カラチンで得たロシア側の情報を、北京経由で日本へ送り続けたそうです。
今の中国とモンゴルで子どもたちを教えた「河原操子」の生涯をお届けしました。
【昴インフォメーション】
昴の2学期が9月1日(火)に開講します。第一志望校合格のための入学は9月がタイムリミット。
入学するなら今です。
また8月29日(土)は 小学4年生から6年生の「附中模試」8月30日(日)は、中学1年生から3年生の「全九州模試」です。
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