
放送日:2025年3月13日
高校三年生。卒業を控えた春のことだった。祖母に連れられて、手相見の女性の家に行ったことがある。ずいぶん年配の、祖母と同じくらいかちょっと下くらいの年齢だった記憶があるが、いまとなってはその場所も覚えていない。「とにかく、本当に、よく当たるのよ」としきりに話していたから、おそらく、祖母の生い立ちから性格、心の悩みや健康状態、そして、まだ起きてもいない先々のことまで言い当てていたのだろう。
実をいうと、手相だろうと占いだろうと、ボクには、ほとんど興味も関心もなかった。なにしろ、その頃のボクは十分に若い!おまけに物事を深く考えることのない性格だったから、心の悩みの自覚症状もなく、身体もいたって元気そのもの。暇を持て余しながら、祖母とオバさんの話を聞いていたら、「あなたの手相も見てあげようか」と言われ、おずおずと手のひらを差し出した。たぶん、そうだったのだろう、と勝手に想像している。なにしろ、その辺りの記憶はぶっ飛んでしまっているのだ。
ただ、その手相見の女性から告げられたことだけは、はっきりと覚えている。手のひらに刻まれた感情線や生命線、知能線などの皺。それを指先でなぞりながら、最後に言われたのは「あなた、まぁ、順調な人生を歩みそうだけど、中年の頃に死ぬほどつらいことに遭うはずよ」。中年と言われても、ずいぶん遠い彼方のような気がして、「何だろう、その辛いことって」と思っただけだった。
人間とは不思議なものだ。以来、その一言はずっと忘れていたのだけれど、祖母が亡くなり、40歳代が目の前になった頃、いきなり20年も前のオバさんの予言が記憶の深い淵から浮き上がってきた。「あの時に言われた死ぬほどつらいことって何だろう」。大切な人が亡くなるのか、誰かに騙されて無一文になるのか、痛みでのたうち回る病気に苦しむのか、それとも…。
中年が何歳からをいうのか知らないが、それから暫くは、毎年一度くらい、この「死ぬほどつらいこと」が悪魔のささやきのように聞こえてくるようになった。
で、結論から言うと、何もなかった。そこそこつらいこと、しんどいことは、もちろん人並みにあったが、「死ぬほどつらい」と思うような事態とは無縁に、中年をのんべんだらりと通り過ぎてしまっている。神様、仏様に感謝、感謝しかない。
そう、手相に限らず、占いのあれこれで恐ろしくもおぞましいことを予言されて、結果、そうした予言が外れたら外れたで、それもまた、うれしくもある。不思議なことだ。
「あの人の占いはよく当たる」という話は、いまもたまに耳にする。が、考えてみれば、あれこれ、他人の未来を予言して、それがたまたま当たった人が、またその占い師を訪ねる。次がまた当たれば、また占ってもらう。外れた人は、もう二度と行かないだろう。毎回トーナメント戦で当たった人だけが残って次に進むのだから、よく当たるというより、トーナメント戦に勝ち残った運のいい人だけが、信じ込んで、いい評判を広めてくれる。きっと、そういうビジネスモデルなんじゃないかな。罰当たりな想像だけど。
手相を見てもらったその春、ボクは大学受験に失敗、浪人することになった。ちょっと辛かった。オバさんには、中年ではなく目の前の受験失敗の方を予言して欲しかった。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭










