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「#78 めでたくもなし」風の歳時記

 令和8年、2026年が明けて間もなく10日。玄関のしめ飾りや会社の入り口に立てられていた大きな門松も取り払われて、新年を迎えての改まった気分はすでにどこかへ消し飛んでいる。

子どもの頃、正月三が日は一年で最も街の動きや音が絶えて、ただただ穏やかな静かな時間だけが過ぎていく時期だった。が、いまはとんでもない。夜明けを待たず初詣に人の波が押し寄せ、元旦からの初売りに長い列ができる。海沿いの道をオートバイを連ねてすさまじいエンジン音を響かせる若者たち、テレビはいつにも増して、ボクには何の興味もない、ただただうるさいだけのバラエティ番組ばかり。過ぎ去った日々に積もった心の滓(おり)を静かに沈めながら、これからやってくる時間に思いを馳せる…そんな正月の静寂さは何処に行ってしまったのだろう。

 〇 正月は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし

と詠んだのは「とんちの一休さん」で知られる一休禅師、今から550年ほど前の禅宗のお坊さんだ。「正月は」は「門松は」とも言われるが、本来めでたいはずの正月を「めでたくもあり、めでたくもなし」という理由は、正月に年齢を一つ重ねるからだ。いわゆる「数え年」だね。

数え年とは生まれた時が1歳で、新年を迎えるごとに1歳年をとる日本の伝統的な年齢の数え方だ。いまでは満年齢が主流だけれど、還暦や古稀、喜寿などのお祝いや厄年、七五三など、それに亡くなった人の享年でも数え年が使われることが多い。

 「正月は冥土の旅の一里塚」と詠んだ一休さんは、正月の京都の町を竿の先に人間の頭蓋骨を乗せて、この歌を大声で詠みながら、「ご用心、ご用心」と練り歩いたと言われている。あろうことか、頭蓋骨をぶら下げて、「正月なんて冥土へ向かう道の道しるべみたいなものだ、みんな、明けましておめでとう、などと言っているが、何がめでたいものか、ひとつ年を取るということは、ひとつあの世に近づいたってことじゃよ」と大声で叫びながら歩く一休さん。とても、あの頓智で知られるアニメの一休さんの可愛いイメージとは程遠いのだが、ご存命だったらお会いしてみたかったと思わせるほど、不思議な魅力を漂わせている。シャレコウベをぶら下げて説教するなんて、シュールで素敵でカッコいいと思いませんか?

 一休さんの仰る通り、数え年だろうと満年齢だろうと、人は一日生きると一日冥土、あの世に近づいている。生きるということは死に一歩近づく道のりであり、「ぼんやりとしていると、お前もたちまち骸骨になってしまうぞ。ご用心、ご用心」と一休さんが唱えて回ったのもよくわかる。

 年齢を重ねて「老い」を自覚するようになってくると、「来年も正月を迎えられるのかな」という不安とも疑念ともつかないものが、ふと脳裏をよぎる。必ず死が待ち受けているからこそ、いま、確かに生きているという実感があるのだろう。

〇めでたさも 中くらいなり おらが春    小林一茶

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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