このブログは、2025年12月30日(火)にMBCラジオで放送された、第7回 火曜会ラジオスピリッツ受賞作 ラジオドキュメンタリー 『MATCHAの挑戦~鹿児島の本物を届けるために~』の文字起こしになります。


世界を席巻する「抹茶~MATCHA~」
ーみなさんは、普段お茶や抹茶を飲まれますか?ー
街角で聞いてみると・・・
「飲みます。朝昼晩。抹茶も飲みます。抹茶ラテとか抹茶大好きです。」
「抹茶の苦みというより、お茶の香りが大好きです。」
「子供が抹茶味のものを買ってくと喜びます。マカロンとかクッキーとか。」
世界を席巻している抹茶。
Instagramで「#抹茶」と検索してみると12月15日時点で投稿数は483万件。
一方英語で「#MATCHA」を検索すると投稿数はなんと日本語の2倍以上。
海外から日本を訪れている観光客にも同じ質問をしてみました。
オーストラリアからの観光客「抹茶、大好きよ。週に2、3回ぐらい飲むかな。」
アメリカ・シカゴからの観光客「抹茶はみんな大好きだよ。少し苦みもあるけど甘さもある。この2つのバランスが大好きなんだ。 」
アメリカからの観光客「抹茶ラテみたいな甘いのが好きよ。週に3回ぐらい飲むかな。」
海の向こうでも抹茶ラテや抹茶スイーツが日常になっています。
そんな世界が恋する抹茶の産地。あなたはどこかご存知ですか?
その1つが「鹿児島県」。
悲願の日本一、しかし立ちはだかる知名度の壁。
2025年2月、私たちが飲むお茶の元となる荒茶(あらちゃ)。2024年産の荒茶生産量において鹿児島県が初めて全国1位になりました。48年間にわたり2位だった鹿児島県がついに静岡県を抜き、初の日本一に。
ようやく達成した悲願に県茶業会議所の担当者は・・・
「長年取り組んできまして、本当に悲願なんですよ。生産量が日本一になったら嫌が応でも日本全国知れ渡るだろうということで取り組んできた部分というのはあります」と、涙ながらに語ります。
一方、県外ではこんな声も。
ー抹茶とかお茶って聞くとどこの県をイメージされます?ー
「やっぱ京都かな。九州のイメージはないです。鹿児島はもっとイメージないです。」
「(鹿児島県が荒茶生産量日本一と聞いて)びっくり全然イメージないです。知らなかったです。」
「聞いたこともない。静岡かなと思いました。」
ー鹿児島に足りないものがあるとしたら何だと思います?ー
「知名度じゃないですか? 」
“知られていない日本一”。それが、鹿児島のお茶の現実です。
さらに、日本の抹茶文化にも時代の変化が。
こんな声を聞きました。
「お茶のお稽古で京都のお抹茶をこれまでは使ってたんですが、お抹茶がなかなか手に入りづらくなってます。」
「とにかく抹茶という原料らしいものを作れば高くで売れる。今の状況は、ちょっとあんまりだよと思います。」
姿を消しつつある日本の抹茶。そして、海外で次々に作られる“MATCHA”と書かれた粉末。
抹茶とは何なのか?日本のお茶文化は今後どうなってしまうのか?
“こだわり”が開いた世界への入口

深い霧が立ち込め山の斜面をゆっくりと覆っていく。天尊降臨の神話が伝わる鹿児島県霧島市。
澄んだ空気、清らかな水。豊かな自然。そして霧島特有の霧が日照りを和らげ、昼夜の寒暖差がお茶の旨みと香りをゆっくりと引き出していきます。
鹿児島で初めて抹茶の原料「碾茶(てんちゃ)」の栽培に挑んだ農家それが西製茶です。
抹茶といえば京都のイメージがありますが2020年以以降、原料となるてん茶の生産量は鹿児島が日本一です。
西製茶3代目の西利実さん。
1994年から「てん茶」の栽培を始めています。

西さん「抹茶をオーガニックで作るというのが、その当時、できないというのが定説だったんです。品質のいい抹茶はオーガニックで作れませんと。」
抹茶の世界ではオーガニック、有機栽培は極めて厳しいと言われてきました。
その壁に挑んだ西製茶。てん茶栽培を目指したのは海外でも胸を張れるオーガニック抹茶を作るという思いからです。
西さん「抹茶を作り始めて3年間ぐらいは、うんともすんともありませんでした。作った方がいいけど、これをどうやって売ればいいのか。“産地・鹿児島”という、それまでなかったものを作ったわけだから、業者さんも売りに困ったと思います。これを海外の高級アイス、日本では既に抹茶味アイスがありましたが、海外向けに使える原料がありませんでした。そこに、この高級オーガニック抹茶が採用され、ようやく活用される道が開けました。」
西さんの有機栽培へのこだわりが世界への扉を開きました。
やがて大手コーヒーチェーン店での抹茶ドリンクにも使われるように。海外でまだ抹茶が知られていなかった当時アイスクリームやドリンクを通して“抹茶味”が広がる先駆けになりました。
日本の抹茶は茶道文化とともに時代を歩んできました。
その抹茶がここ数年で海外を中心に一大ブームに。需要が高まり生産が追いつかない状況です。生産者としてはこの現状をどう感じているのか。
西さん「今の状態は、正直あんまりだなと思っています。品質が良くても悪くても、とにかくみんなが抹茶を欲しがっている状況なので、品質の差が評価されないんです。『抹茶』という原料らしいものさえ作れば高く売れる。でもこれって、あっという間に中国やベトナムに取られてしまうと思うんです。だから、変に今のブームで一喜一憂しない方がいい気がします。」
このままではどんな品質の抹茶も同じものになってしまう。
西さんが感じていたのは市場の境界が曖昧になっていくことへの不安でした。
今世界では、抹茶の需要が急激に膨らんでいます。日本の2024年のてん茶の生産量はおよそ5300トン。
一方、抹茶ブームを見越していち早く反応していたのが・・・中国。中国貴州省は「抹茶の都」を名乗り、巨大な抹茶工場を建設。最新の統計では中国全体の抹茶生産量はすでに5000トンを突破。ついに日本と肩を並べるところまで来ています。追い抜かれる日も、もう遠くありません。
中国では最新の設備で大量に安く抹茶を作る体制が整いつつあります。
西さん「『こんなに日本産が高いなら、もう中国産でいいや』となったり、中国から抹茶を日本に持ち込んで、それを混ぜて売ればいいという形になったりしています。実際、もうそうなっているんですよね。だから農家も問屋さんも、リテラシーを上げていかないといけない。そうしないと海外には絶対負けるし、『抹茶さえ作れば高く売れる』なんて甘い考えじゃダメなんだよ、と。もっとどうやったら旨みの高いものが作れるのか、渋くないものが作れるのか。今は曖昧になっている。気をつけないといけない。混沌としている状態だからこそ、そういう品質面もちゃんと気をつけてやりましょう、と。ただ喜んでいる場合じゃないですよと言いたいですね」
西さんは業界全体に警鐘を鳴らします。
西さん「日本として、鹿児島として、もっといい商品……もちろん安心安全も含めてですが、『鹿児島のお茶は品質が良くて、結構いいお茶だよね』と言ってもらえるようなものに、ちゃんと変えていかないといけない。そうやって、ブームをただのブームで終わらせないようなお茶作りをする必要がある。僕はそう思っています」
ブームをブームで終わらせないお茶作り。
市場が大きくなるほど「抹茶」という言葉の輪郭がぼやけていく。
そもそも本物の「抹茶」とは何なのか?
公益社団法人日本茶業中央会の定義では「てん茶を茶臼等で微粉末上に製造したもの」が“抹茶”とされます。
しかし西さんは国際的に抹茶という言葉の明確な定義、格付けが必要だと話します。
西さん「ここから先のブランディングをちゃんとやっていかないと。なんならグレーディング(格付け)もしっかりやっていかないと。日本が世界の基準にならずに、どこがなるんだと。抹茶に関しては、ここをちゃんと交通整理する必要があるんです。」
境界が揺らぎ世界中であらゆる抹茶が生まれていく中、その正体をたどるにはもう一度お茶そのものに向き合う必要があります。
ゆっくりじっくり生み出される、鹿児島発の「UMAMI」
ー煎茶と抹茶の違いあなたは分かりますか?ー
私たちが普段口にするペットボトルやで急須で飲むお茶は「煎茶」。
日光を十分に受けた茶葉を蒸して揉みながら乾かす。まずはこの3つの工程で荒茶ができます。ここから茎や葉脈を丁寧に取り除き最後に倍煎して仕上げると旨みと香りがぐっと引き立つ煎茶になります。
香り、渋み、苦み。淹れ方ひとつで表情が変わり、産地によって個性も大きく違います。
一方の抹茶は少し特別です。
最大限の香りと色味を引き出すために畑に覆いをかぶせ、日光を遮って葉を育てます。光が少ない分、葉はゆっくりと旨みを溜め込み、鮮やかな緑へと育っていきます。
収穫された葉を蒸し、乾かし、茎や葉脈を取り除いたもの・・・それがてん茶。
このてん茶を石臼でゆっくり挽いていきます。1時間に挽ける量はほんの少し。こうして生まれる粉末が、「抹茶」です。
この工程を鹿児島でいち早く本格的に整えたのが鹿児島市南栄町にある池田製茶。高品質な抹茶作りに石臼を取り入れています。

抹茶需要の高まりを見据え、5年前に鹿児島で初めて専用の抹茶工場を作りました。
池田さん「音を録るなら、特別に中入りましょうか」「いいんですか」
代表の池田研太さんに最高級の抹茶を挽き上げる石臼を見せてもらいました。
2段の石を積み重ねた石臼。石と石の間でてん茶を挽いていきます。
池田さん「下の石は固定されていて、上の石だけが反時計回りに動く仕組みです。要は、手で回す動きが動力に変わっただけで、やっていることは昔のまんまなんですよ。下の石と上の石の間から、本当に微量ずつ挽かれて出てきます。石と擦れ合う時に熱が発生するんですが、この熱がちょっとした焙煎のような効果を生んで、ほわっとした感じに仕上がる。それがこの石臼の特徴なんですよね」
一定のリズムで回り続ける石臼からは決め細かい深緑の抹茶が静かにこぼれていきます。
室内には、抹茶の良い香りが部屋いっぱいに広がっていました。
池田さん「石臼1台で挽けるのは、本当におよそ40gくらいしかありません。抹茶の缶が大体30g入りなので、言ってみれば1缶分を作るのに1時間弱かかるような感じです。本当に貴重なんです。」
お茶の旨味のもと、「テアニン」。抹茶や玉露など覆いをかけて育てるお茶に多く含まれる成分でリラックス効果をもたらすと言われています。
池田さんはそのお茶のプロフェッショナル。
茶審査鑑定技術の最高位である茶師十段を持つ「茶匠」です。
香り、味、色、手触り。五感を使って茶葉の状態を見極め、どう仕上げれば一番美味しくなるのかを判断する、いわばお茶の目利き。そんな池田さんが海外で次々に抹茶が作られていく今、改めて感じていることがあります。
池田さん「日本産の抹茶と、そうじゃない抹茶は大きく違うと思うんですよ。そこで日本の『四季』がすごく大事になってくるかなと。日本茶の強み、特徴はやっぱり『味わい』です。
テアニン、つまり旨みや甘みを中心とした味わい深さが日本茶の特徴ですが、その旨みを作るのはやっぱり日本の四季だと思います。あとは、ランク的にいろんなお茶が採れるのも一つの強みなので、世界的な言葉にもなっている『UMAMI』を打ち出して、世界に広めていきたいですね」
四季がある日本だからこそ作れるお茶、抹茶があるということ。
本物を届ける、その1つに「日本の豊かな季節が生み出す栄養」もあるのかもしれません。
静岡から鹿児島へ。感じる県民意識の差
茶畑から摘まれ工場で仕上げられた茶葉は最後に包装という工程を経て、ようやく商品として私たちの手にも届きます。
その現場を担っているのが鹿児島市にある、県で唯一のティーバッグ製造専門会社 株式会社カゴシマパッカーズです。抹茶ブームの影響はここにも大きく押し寄せています。
鹿児島パッカーズの木村良太さん。

木村さん「毎日のように、『何トン挽けないか』とか、『これだけ袋詰めできないか』っていう問い合わせが、全国から来ているような感じです。鹿児島だけじゃなく、本当に全国からです。お断りするのは非常に心苦しいですけどね。できることなら、全部受けたいんですけど…。工場の機械を増やしたらその依頼を受けられる、というレベルではないんです。需要過多もいいところです。供給が全然追いついていません。」
ティーバッグ加工だけでなく、茶商や茶農家、商社などから預かったてん茶を抹茶に加工する機械も次々と導入しています。しかし、増やしても増やしても追いつかない。それが現在の状況です。
木村さん「これだけ海外で需要があれば、県内から出そうと思えばいくらでも『鹿児島ブランド』で出せるはず。だから、非常にはがゆいですね。我々は本当に鹿児島県産品のブランド力を向上させるためにこの会社を作ったので。それまでは県内に小分けやティーバッグ加工をする場所がなかったんです。だからこそ、鹿児島のものは鹿児島で作って、鹿児島のものとしてここから発信していく。そのお手伝いがしたいんです」
鹿児島は生産量では日本一。
しかし、茶の産地としての歴史は浅く、長年原料供給地として静岡や京都へ茶葉を下ろしてきました。そのため「鹿児島ブランド」としての認知がなかなか伸びない現状があります。
木村さんは静岡県の出身。実家も静岡茶のティーバッグ加工業を営んでいます。
ー静岡の方から見て鹿児島のお茶ってどういう印象がありますか?ー
木村さん「もう間違いなく日本一だと思います。お茶そのものの品質だったり、品種の多さ、もちろん生産量もそうですが、そういった実力はもう完全に鹿児島が抜きん出ていると思います。足りないものがあるとしたら……やっぱり『知名度』じゃないですか?」
結婚を期に鹿児島に移住し、鹿児島の力になりたいと会社を大きくしてきた木村さん。もう1つ足りないものを感じていました。
それは消費者の意識の差です。
木村さん「私、静岡県の島田市出身なんですが、自治体別で言うと荒茶生産量が全国4位なんです。南九州市、牧之原市、掛川市、そして島田市。
2位以下は静岡なんですが、その4位の島田市が『地球上で最も緑茶を愛する街』として、市を挙げて前面に押し出しているんですよ。『ようこそ、地球上で最も緑茶を愛する街、島田へ』みたいな感じで。
だから、自治体や県の支援も必要かなと。」
木村さん「あとは県民の意識ですね。静岡の人って、本当に静岡茶以外飲まないんですよ。それが宇治だろうが知覧だろうが八女だろうが、失礼な話ですけど、下手したら『お茶じゃない』っていうくらいの人もいます。それくらい静岡茶に誇りを持っているんですね。
鹿児島県民の良いところでもあるんですが、鹿児島の人は美味しければ八女茶も静岡茶も宇治茶も飲みます。でも、下手したら『いや、鹿児島茶しか飲まないよ』『お茶と言ったら鹿児島なんだから』っていうくらいの意識になってこそ、本当の日本一なのかなってすごく感じます。
お茶に関しては、やっぱり静岡の人のプライドというか、みんなで盛り上げようという気持ちが強いですね」
2024年の緑茶の消費額は1位が静岡市、2位が浜松市、鹿児島市は8位でした。
本物を作っても、まずは県民に伝わらなければ価値は届かない。
鹿児島のブランド力向上には私たち消費者の意識改革も必要なのかもしれません。
世界に届く本物の「MATCHA」の味
お茶が抱える課題が浮き彫りになってくる中で、その壁を物ともせず海外輸出に踏み出した生産者がいます。
自家製堆肥を使い有機栽培にこだわり、育てた茶葉をそのまま自分の手で世界へ届ける、霧島市の「ヘンタ製茶」。海外からのバイヤーも直接訪ねてくると言います。

邉田(へんた)孝一さん「輸出を始めてもう10年近くになりますね。一番多いのはやっぱりアメリカです。国土も広いし消費量も多いので、全体の約65%がアメリカですね。次に、30%がEU、ヨーロッパ方面です。一番増えたのがコロナの時期ですね。コロナが一番ひどかった時に、抹茶を10トン、アメリカに輸出したのがアメリカが増えたきっかけになりました。」
世界中が不安に包まれていたコロナ禍。
お茶に含まれるカテキンやビタミンが注目され、「ヘルシーな日本の飲み物」としてお茶が急速に広まりました。日本食ブーム、健康、オーガニック志向―――。それらが重なり、抹茶の需要は世界中で伸び続けています。
需要が伸びる中で、低品質なものを目にする機会も増えました。でも、海外の展示会でバイヤーと向き合う中で、邉田さんにはある確信が生まれました。
邉田さん「『このお茶、添加物は入ってるの?』とか聞かれますけど、『お茶100%、抹茶100%です』って答えています。海外の展示会で他所のブースで抹茶を飲んでみるとわかるんですよ、『あ、こんなのを売っていたらダメだな』って。だから、本物を作っていれば大丈夫だという自信があります。」
品質の高いものを作り続けること。それが「世界で戦うための唯一の武器」だと邉田さんは言います。

2025年10月。鹿児島県の塩田知事が中東で県産品のトップセールスを行いました。邉田さんもそこに同行したのです。
邉田さん「ドバイでも鹿児島のお茶、抹茶を普及させたいということで同行しました。お茶屋さんやカフェを3軒ほど回ったんですが、3軒中3軒とも、自社の抹茶や煎茶を飲んでもらったら『今すぐにでも、明日にでも送ってください』という感じで。やっぱりそこで言われたのは、『安いのはいらない。高いのがいいんだ』と。 まぁ、そういうところがドバイですよね。ドバイには抹茶が全然入ってこないと言われたので、これから広げていく計画をしています。これからはドバイだけでなく、フィンランドやチェコなど、まだお茶に馴染みのない国にも抹茶を届ける準備を進めています。」
特別から日常へ。世界の現場で求められる「鹿児島ブランド」
鹿児島の抹茶を求めて遠いフランスからこの地を訪れた人がいます。
フランスパリで、カフェ「KIJI」を兄弟で営んでいるアレクサンドルさんです。
アレクサンドルさん「鹿児島の抹茶は他とは味が違います。日本の北の抹茶に比べると甘みが強くて口当たりも軽いから飲みやすくてホっとする。フランス人は苦みや味渋みのある抹茶味に慣れていません。だから鹿児島の抹茶はフランス人が好きな味です。抹茶が初めての人にもぴったりです。」
訪れる人は砂糖やフルーツの入っていない本場の抹茶を楽しんでいると言います。
アレクサンドルさん「パリでは日に日に抹茶が人気になっていて、これはブームの始まりに過ぎません。最初は若い女性中心だったけれど、今は誰もが飲む飲み物になっています。朝のコーヒーの代わりに飲む人も多い。カフェインはあるけれど、コーヒーより軽くてリラックスできる。みんな健康のために飲んでいるんだ。」
フランスでも抹茶は少しずつ特別な飲み物から日常の一杯へと変わり始めています。アレクサンドルさんはこれからも鹿児島の抹茶をメニューに取り入れで、日本の味、そして文化をパリで伝えていきたいと話してくれました。
『本物』の定義を問い続けてきた地、京都・宇治

今回、本物の抹茶を探す旅の中でどうしても避けて通れない場所「京都・宇治」。
鹿児島のお茶のプロたちも必ず名前をあげた場所です。仕上げの技法やブレンドのノウハウ、高度な抹茶製造技術が存在し、相応の対価で買い支えなければ存続し得ない芸術作品とも呼ぶべきものと語ります。
宇治茶の歴史は800年以上前に遡り京都で茶の文化が発展しました。鎌倉時代、僧である栄西が中国から喫茶の習慣と茶の種を日本へ持ち帰りました。この時伝えられたのが、茶葉を粉にしてたてて飲む今の抹茶につながる飲み方です。
その栽培地として選ばれたのが京都、宇治。霧が立ち込め寒暖差があり良質な水に恵まれた宇治は茶を育てるのに最適な環境でした。室町時代、宇治で作られた茶は将軍や公家、武将たちに愛され特別な茶として保護されていきます。
そして16世紀、千利休によって宇治の抹茶を使った侘び茶の文化が生まれます。余分を削ぎ落とし、静けさの中で一杯を味わう「茶の湯」という美意識は宇治茶と共に磨かれていきました。
こうして宇治は抹茶を日本の文化として育てる場所になったのです。
平安文化と宇治茶で名高い京都・宇治。
まず宇治茶の歴史を学び、茶臼で抹茶を挽く体験ができる「茶づなミュージアム」を訪ねました。

石が触れ合うたびに響くゴー、ゴーといういうこの音。自分の手で茶葉を抹茶に変える昔ながらの臼です。ずっしり重い取っ手を半時計周りにゆっくり回していきます。この体験教室には30人ほどの観光客がいました。日本人は取材をしていた私だけ。
こんな出会いがありました。
ニューヨークから訪れた人は「抹茶よく飲むわ。ニューヨークの日本スーパーで宇治の抹茶があるの。あと日本に来るたびに駅にお茶のお店があったり、抹茶パウダーや抹茶アイスが売っていたりするから毎回買っていたの。だからお茶の街、宇治に行かなきゃって思ってそれが今日ここににいる理由よ。やっと本場の抹茶が買えるわ。ここに来ることができてとっても嬉しい。」
「まず味がとっても奥深い。あと自然や大地とつながったような気持ちになるの。いろんな抹茶の種類を試してみたけど、どれも味が違うわ。もっともっと抹茶について知識を深められたら面白いと思う。」

宇治の街を歩くと驚くほど多くの外国人が抹茶を求めてこの街を訪れていました。彼らが向かう先の1つが創業170年以上の歴史を持つ老舗・中村藤吉本店です。平日にも関わらずお昼前にはなんと100組以上のお客さんがそのほとんどが外国人でした。
マレーシアから訪れた人「Instagramで動画を見て知ったんだ。それで、よし、ここに行こうって。特にパフェに惹かれてね。抹茶は今世界中で人気だと思うよ。マレーシアにも抹茶を売っているところがたくさんあるし、でも、やっぱりこことは違うね。マレーシアの抹茶は輸入されているからかもしれないけど、ちょっと酸化されてしまっている気がする。ここ宇治では旨みが強くて草っぽさがなくて美味しいよ。」

京都、宇治。この小さな町には「文化」と「歴史」と、そして世界が求める「味」がありました。しかし今その宇治が、大きな転換点を迎えていますーーー。
「守る」のではなく「磨く」。抹茶の聖地が考える伝統のあり方
その最前線に立つ1人、中村藤吉本店7代目・中村省悟さんです。
抹茶といえば京都、宇治。そのイメージは偶然ではありません。中村さんはその理由をこう語ります。

中村さん「元々、てん茶を作っていた場所といえば、宇治と愛知の西尾が二大産地でした。産地の特性や構造上の理由もあると思いますが、歴史的に見ても室町時代に『覆下(おおいした)栽培』が確立され、その許可を幕府から得たのが宇治だったという経緯があります。」
室町時代に生み出された茶葉に日光を当てないように育てる覆下栽培。
これにより渋みが抑えられ、甘みや旨み豊かな日本独自の抹茶が生まれました。豊臣秀吉が宇治以外での覆下栽培を禁じ、江戸から明治へと、宇治茶は「天下一の茶」として地位を築いていきます。
そして現代、宇治は世界が訪れる抹茶の聖地になりました。
中村藤吉本店には2005年頃から海外の観光客が少しずつ増え始めました。コロナ前は東アジアが中心だった観光客も今はアメリカ、ヨーロッパ、中東、中南米まで国境のない広がりを見せています。
中村さん「コロナ後、訪れるお客さんの層がガラッと変わりましたね。2024年の春前、2月頃から抹茶の需要が爆発的に増えて、数字が異常なほど跳ね上がったんです。『なんだこれ!?』と戸惑うような状況がその辺りから始まりました。」
世界が抹茶に熱狂する一方で中村さんが強く感じているのは危機感でした。
中村さん「問題なのはルールがないこと。定義が曖昧になりすぎてしまった。『抹茶とは何か』という定義は一応あるものの、有名無実化していて、グローバルな市場では『粉状なら全部抹茶』になってしまっている。白い抹茶とか黄色い抹茶、国内でも『覆いなし』のてん茶とか、もう訳が分からない状態です。ルールもモラルも吹っ飛んでしまった現状には、強い危機感を持っています。」
長い歴史の中で育まれてきた日本の抹茶。今その定義は崩れつつあります。何百年も抹茶を作り続けてきた老舗でさえ抹茶とは何かを問い直す時代。中村さんが思う「本物の抹茶」とはどういうものか。
「『本物って何だ』という問いはすごく難しくて、正解がない曖昧なもの。だから『これが本物だ』と定義するよりも、『これは抹茶という線の中に入れてはいけない』という境界線を決めることの方が多いですね。 うちの会社には『守る』という概念があまりないんです。僕らがやるべきは、伝統を守るのではなく『磨く』こと。しがみつくのではなく、アップデートして、リプレイスして、時には切るべきものをしっかり切っていくことが大切なのかなと。」
伝統を「守る」のではなく、「磨く」。
先人をリスペクトしつつ、時代に合わせて削るべきものを削り、受け継ぐべきものをしなやかに残す。それが中村さんの考える、伝統とともに生きる生き方でした。
では、ここ数年での鹿児島の取り組みはどう見えているのか。
中村さん「まず、鹿児島と戦っても量では絶対に勝てません。鹿児島は本当にすごい。あの広大な土地で、あれだけの量を、あれだけの人数で効率よく生産する技術は最先端です。僕らがやっている手摘みのお茶なんて、それに比べたら趣味の世界に近いですよ。煎茶からてん茶作りにコンバートできるのは、鹿児島くらいしか無い。日本人がペットボトルなどで気軽にお茶を飲めるのは、鹿児島のような産地や作り方があってこそです。」
同じお茶の産地として、中村さんは日本抹茶の未来をこのように見ています。
中村さん「世界中で抹茶の需要はしばらく上がり続けると思いますが、日本中を茶畑にしても供給は足りません。中国が本気を出したら、琵琶湖が太平洋に喧嘩を売るようなもので、量では勝負になりません。宇治は山間地で面積も増やせないので、鹿児島は鹿児島、京都は京都、静岡は静岡、ちゃんと役割分担をしないといけない。 一番マズいのは、『抹茶』という言葉から『日本』が連想されなくなること。世界の人達に、普段は中国産を飲んでいても、いつかは日本の物、その中でも鹿児島のもの、京都のもの、静岡のものを飲んでみたいという『憧れの場所』であり続けないと勝てません。日本全体で塊になって戦っても、量という面では中国には勝てません。それこそブームで終わってしまう。これをきっかけに、業界がより強いもの、必要性が高いものに変えていける千載一遇のチャンスだと思っています。」
各産地でそれぞれの役割を担い、「日本のお茶」という一つのチームとして世界と向き合うことはできるのか。この番組が、今届けなければならない問いそのものでした。
日本文化の入口としての抹茶
京都にはもう一つ、お茶が自然に息づいてきた場所があります。
京都の花街、祇園。
かつてこの街で舞妓、そして芸妓として11年を過ごした、紗月さんです。
紗月さん「元々『祇園、紗月』という名前で、16歳から27歳まで舞妓や芸妓をしていました。舞妓にとって茶道は必須科目で、私のいた祇園甲部というところでは裏千家をお稽古するんです。 芸妓としてお座敷に出ていると、京都でお茶を教えているお師匠さんやお茶を摘む方、それを売るお茶屋さんなど、いろんな職種の方に出会うんですね。だからこそ、そういった繋がりも含めてトータルで広まればいいなと強く思っています。 今、世界中で抹茶ラテなどが有名になっていますが、『宇治の抹茶』というよりは『日本の抹茶』としてどんどん売り出して、そこから着物や伝統文化への興味に繋げていきたい。入り口は何でもいいので、そこからどんどん深掘りしていってもらえたら嬉しいですね。」
たくさんの人の手によって伝統は守られ、磨かれ、次の時代へと手渡されていきます。
国際競争の中で選ばれる日本であるために
では、その未来はどこに向かっていくのか。京都から東京へ、向かったのは農林水産省です。

農林水産省は、世界の抹茶市場を国としてどう捉えているのでしょうか。農産局果樹・茶グループ 茶業班の河合さん、山下さんに伺いました。
上塘「お茶農家さんや関係者に取材をしていく中で、『このままではお茶の品質……これまで品質を大事にしてきたけれど、生産面で日本産の抹茶より中国産の抹茶が世界市場をとってしまう』という強い危惧の声が上がっていたんですね。この状況を農林水産省としてどうご覧になっていますか?」
山下さん「そうですね。中国全体での抹茶生産量は年間約5,000トンに達していて、もう日本全体の生産量に迫る勢いです。こうした新しい産地で作られた抹茶が、日本産よりも大量に、しかも安い価格で出回るということは、抹茶市場がいよいよ国際競争に直面しているということ。私たちも、そこに強い危機感を感じています」
現場と同じく、農水省も同じ危機感を感じていました。市場はすでに国際競争の時代に入っています。
山下さん「例えば、これだけ中国の生産規模が大きいとなると、日本産の抹茶だけでは、世界の需要を全てを賄いきれないというのは事実だと思います。海外産の抹茶の話もありましたが、ある種『共存』しながら市場全体を大きくしていく。その広がった大きな市場の中で、日本産の抹茶が確固たる地位を築ければいいのかな、と考えています。」
市場全体を広げる中で、日本の抹茶が選ばれる存在であり続けること。そのために国として支援を続け、この抹茶ブームを追い風にしたいと話します。
上塘「鹿児島や静岡、京都、こういった産地同士が戦うのではなく、『日本』として団結して世界で戦う覚悟が今後必要になってくるんじゃないかとおっしゃっているお茶農家さんもいたんですね。こういう『日本のお茶、日本の抹茶』としての一体戦略をどう描かれていますか?」
河合さん「はい、まさにご指摘の通りだと思います。産地同士がお互いに技術を競い合って、切磋琢磨していくこと自体は本当に素晴らしいことです。ただ一方で、海外の消費者や実需者から見れば、まず注目されるのは『日本産なのかどうか』という点なんです。これからは日本全体の成功を目指さないといけません。『日本産』あるいは『日本のお茶』という大きな括りでブランドを作り上げていくことが、重要だと思っています」
海外の消費者がまず見るのは、日本産かどうか。お茶を日本の財産として守るためにも、各お茶の生産地でそれぞれの強みを「日本」という括りの中でどう生かしていくのかが問われています。
そして最大の課題は『抹茶の定義の曖昧さ』。簡易的な粉末茶が市場を歪めているとの懸念も強まる中、抹茶やてん茶の定義・基準・認証制度の整備について、今後の進め方を伺いました。
河合さん「今後、特に国際的な定義や規格が重要になってくるというのは、ご指摘の通りです。ですから、我が国がそういった国際規格の議論をしっかりとリードしていくことが大切だと考えています。」
抹茶の国際的な定義については今議論が進められています。日本もその中心で関わっていますが具体的に決まる時期はまだ当分分からないと言います。
最後に山下さんがこんなことを話してくれました。
山下さん「私自身も鹿児島の出身なので、祖父母の家に行くと『茶いっぺ飲んでいかんね』と言われて、気づいたら手のひらにお漬物が乗っていて、お茶を飲んでいく……そんな家庭で育ちました。 急須でお茶を淹れる時間、相手のことを思う時間。お茶の色や香りを楽しむ中で、作ってくれた農家さんの思いを感じたり、どうやって作られたんだろうと思いを馳せたり。そういうことを感じていただければなと思います」

「茶いっぺ」は鹿児島弁で「お茶一杯」のこと。
「茶いっぺ飲んでいかんね」
お茶でも一杯飲んでいきなさいというおもてなしの言葉です。お茶一杯に込められた思い。その温かさを、その思いを、あなたは誰に届けたいですか?
最後に、今回取材にご協力いただいた皆さんからこんな言葉を聞きました。
- 抹茶を飲んでもらって、その後の「顔」が見たいですね。こう、ニコッと笑ってもらえる顔が見たいです。(ヘンタさん)
- 楽しんでもらえればいいです。本当に気楽に、肩肘張ったような感じでもなく。(西さん)
- 愚直にというか、真面目にものを作り続けることによって、皆さんの役に立ちたいです。(木村さん)
- 日本の人たちだけじゃなくて、世界中の人がお茶を飲んで豊かになれるようなお茶を提供していきたいなと思っています。(池田さん)
- 一生懸命何かに没頭して、何かを作ろうとすることが、すごく大切なもので、貴重、尊いものであってほしいなと、僕はそう思います。(中村さん)
たった一杯のお茶、抹茶に、こんなにもたくさんの思いが重なっていました。

あなたにとって、本物の抹茶とは何ですか?
お相手は、MBC南日本放送アナウンサーの上塘百合恵でした。
2025年12月30日(火)放送
第7回 火曜会ラジオスピリッツ受賞作 ラジオドキュメンタリー
MBCラジオ『MATCHAの挑戦~鹿児島の本物を届けるために~』










