MBCラジオ

「#62 歯医者今昔」風の歳時記

「歯は入れ歯、目は眼鏡にて間に合う」とはいうものの、人間を長く続けていると、当然ながらあちこちに経年劣化がやってくる。少々体調を崩しても、若い頃は眠りが特効薬、とりあえず布団をかぶって爆睡すれば、たいていの不具合は消し飛んでいた。が、いまはそうはいかない。細胞レベルで老化が進み、その細胞同士のやりとりも雑音だらけ。「覆水盆に返らず、だもんな」とつぶやきながら、老いに素直に従うしかない。

その歯の話だが、秋という季節は虫歯や歯周病のリスクが高くなると、歯医者の待合室に置いてある本で読んだ記憶がある。秋になると、気温が下がり湿度も低くなって、その影響で、唾液が減り、口の中が乾燥するためだとのこと。「へぇ、ほんまかいな」と首をひねってしまう。その道の権威の言うことを信じない性格はなかなか治らない。

歯の一部をインプラントに変えたことをきっかけに、歯の定期検査に通い始めた。メンテナンスだから、30分ほどで終わる。まず最初に磨き粉なのか、こまかい粒のようなものを吹き付けて、電動の回転ヤスリで磨く。子供の頃は、先端がゴツゴツした、不愛想なヤスリが音を立てて回り始めるだけで、全身をこわばらせて泣き始めていたなぁ。歯医者は怖くて、痛くて、死んだ方がマシだと思うくらい行きたくない場所だった。覚えてはいないが、母に言わせると、歯医者の玄関の前で唇を真っ青にして「帰る!帰る!」と泣き叫んでいたそうだ。今もそうだが、子どもの頃から臆病者のボクだったらしい。

最近は、ヤスリも音もうんと小さくなった。クリニックが明るくなり、受付のお嬢さんは優しく、いつも心落ち着く優しい音楽が流れている。子どもの頃はギーっと音を立てていた診療用の椅子もゆっくりと倒されて、何より、柔らかくて心地いい。アイマスクも子どもの頃にはなかった。目の前に、電動ヤスリや注射器や歯の隙間をひっかく金属製のカギを手にした歯医者さんの顔が迫ってきた時の恐怖感を覚えている身としては、こうした気遣いが身に染みる。考えてみると、椅子の座り心地や待合室の設(しつら)え、歯科衛生士さんの優しい口調や笑顔は、技術の進歩とは何の関係もない。ボクの子どもの頃だって、やればできていたはずなのに…と思う。

で、早速、口を大きく開ける。歯科衛生士さんが歯に吹き付ける薬剤は何とも言えぬ甘さがする。口の中にへばりつくような妙な甘さだ。診療が終わった後、彼女に声をかける。

「この味、チョコレートとか、マンゴーの味とは言わないけれど、もう少し何とかならないのかなぁ」

彼女いわく、「皆さん、そう仰るのですよ…でも、これでも良くなった方なんです」

歯医者さんに限らない。健康診断でも同じだけれど、胃カメラの前に飲まされる麻酔剤の刺激的な味のつらさ、大腸検査の際にたらふくお腹に入れる下剤入りの液体のまずさ。別に本格焼酎の味わいやダージリンの紅茶の味にしろとは言わないけれど、どんな薬剤も現在のテクノロジーをもってすれば、味付けにもっと工夫できるんじゃないのかな。

「良薬は口に苦し」というのもわからないわけではない。でも、医療の世界にもっともっともっとアメニティ、心地よさの発想を取り入れてもいい。それでなくても、やってくる患者さんは皆さん、不安や心配を引きずって医療機関を訪ねているんだからね。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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