MBCラジオ

「#55 消えた風景」風の歳時記

子どもの頃、奥まった村の集落にもポン菓子屋がやって来ていた。「ポンポン菓子ぃ!」というおじさんの声を聞きつけると、一握りのお米を手にした子供たちが次々に集まってくる。ところどころ錆び付いた黒っぽい鋼鉄製の圧力釜に入れて加熱する。

やがて窯の中の圧力が上がり始め、頃合いを見て、おじさんがハンマーでバルブを叩く。次の瞬間、「ポ~ン!」と破裂音がして、膨れ上がったポン菓子が網の中に飛び出すのだ。その一部始終を、最後は耳を両手でふさぎながら子供たちが見ている。

家に帰ると越中富山の薬売りのおじさんが来ていた。折り畳んだ紙風船をもらうのが楽しみだった。母が戸棚から出してきた木箱の中の薬をチェックしながら、使い切った薬を補充してくれる。のちに学生時代、銭湯に通い始めると、どの湯でも見慣れた常備薬「ケロリン」の湯桶が置いてあるのが不思議だった。

ごくたまにだが、紙芝居屋さんも来ていた。箸の先に巻き付けた水飴を、確か一本10円だかで買うと、読み聞かせてくれた。正月に初詣でに行くと、白衣姿の傷痍軍人のおじさんが立っていて、アコーディオンを弾いている。戦争の臭いが、まだかすかに漂っていた。村にやって来ていたアイスキャンディ屋のお兄さんや荷台をロバに曳かせたパン屋、傘の修理屋さん、そういえば貸本屋や農家の馬小屋に姿を見せていた蹄鉄屋のおじさんもいつの間にかいなくなった。街の駄菓子屋も見ない。

若い人に話しても何のことやらだろう。無理もないと思う。もう半世紀以上も前の話だもの。

バイクが珍しく、オート三輪がバタバタと土煙を立てて走っている。乗用車を乗り回している家などなかった。冷蔵庫もエアコンもない。いまほどひどい暑さではなかったが、真夏は蚊帳の中に潜り込み、汗ばみながら眠り込んでいた。野菜は裏の畑からか近くの農家からのいただきもの。卵は毎朝、庭の鶏小屋に採りに行った。学校帰りにはこっそり近所の畑に入って、トマトやキュウリを失敬して空腹を満たしていた。見つかっても、叱られることはなかった。下駄履きでスイカ畑に入った時だけは「弦(つる)が切れるだろうが!」と、爺ちゃんから叱られたけれど…。

振り返ると、何もない日々だった。高度成長期を経て、交通手段も道路も鉄道も飛躍的に発達し、ふと気が付くと世はデジタル全盛時代。レコードもフィルム・カメラもダイヤル式電話もなくなってしまった。スーパーに行けば、旬とは関係なしにありとあらゆる野菜が並ぶ。真夏の店頭に大根やカリフラワー、春菊、白菜、ネギなどの冬野菜が出回るなんて、想像もできなかった。鮮魚コーナーにはノルウェー産の塩サバからベトナムのエビ、チリ産のサケ、モーリタニア産のタコ…。

確かに便利で豊かな暮らしになった、と思う。なのに、少子化に歯止めがかからず、年金は減り、戦争が起き、人々の生活格差は広がり、国の内外にきな臭い空気感が漂い続ける夏。猛暑にうだりながら、新しい「幸せの物差し」をどう作り直せばいいのか、考え込んでいる。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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