
放送日:2025年7月18日
冬場は恐ろしいほど底冷えがしていた。山奥の小さな盆地にあった集落だからか、夏場は逆に、これまたジリジリと太陽が照りつけ、風はこそりともしない。じっとしていても額から汗が流れ落ち、蝉の大合唱がその暑さに拍車をかけていた。あちこちに点在していた家もいつしか廃屋だらけになり、通っていた学校も、もう10年も前に廃校になった。
その中学校の久しぶりのクラス会。同学年の仲間のうち若くして亡くなった者もいる。酒を酌み交わしながら、それぞれが、思い思いに靄のかかったような記憶の断片を手繰り寄せる。急峻な山と田んぼに囲まれた狭いグラウンドでの運動会の思い出にしても、修学旅行、卒業式にしても、一人ひとり、みんな思い出す光景が違っている。卒業後の長い年月で、幼い頃の同じ風景がさまざまに濾過されて姿を変え、「あぁ、みんな、それぞれの人生を生きてきたんだなぁ」と感慨に浸る。
それにしても、あの頃、自分がまさかこの歳になるとは思ってもいなかった。歳月に寄り添いながら昨日の続きの今日を暮らしているうちに、わかってはいたものの、いつの間にか確実に年齢を重ねている。
酔うほどに、話は「いま」に及び、病気、年金、老後の過ごし方の話になる。かつて、3Kとは危険で、汚くて、キツい労働環境を指したが、長寿社会の3Kは「健康」「金」「孤独」かもしれない。慣れないスマホの待ち受け画面を見せながら、「この孫が最近は遊びにこないんだよ」と愚痴をこぼす。膝をさすりながら、糖尿病の進行を嘆く。「お前はいいよな。現役だからヒマが潰せるだろう」と言われ、なるほど、仕事は暇つぶしでもあるのか、と苦笑させられる。
孤独といえば、最近の書店では「孤独のすすめ」「極上の孤独」「孤独の楽しみ方」といった本が平積みになっている。逆に言えば、多くの中高年、みんな漠然とした孤独感を抱えて人生の黄昏時を迎えているのだろう。そういえば、以前読んだビジネス雑誌に「孤独」を尋ねるアンケート結果が掲載されていた。「どういう時に孤独を感じるか」という問いでは、男性回答者のトップが「誰もいない家に帰ってきたとき」で、女性は「悩みを相談する人がいないとき」。男性は物理的な、女性は内面的な「独りぼっち感」に孤独を募らせるということなのだろうか。
配偶者に先立たれた時、男性のその後の死亡率は上がるが、女性には変化がない、と聞いたことがある。料理はおろか、掃除も洗濯もしたことがない働き蜂だった、というご同輩は結構多い。その多くは、かつての「町の子」だ。その点、わがクラスメートたちはほとんどが山間地の農家の出身で、子供の頃から家事や農作業を手伝い、四季折々の山の恵みを採り、川魚を捕まえ、自力で暮らしを立てることを苦にもしていなかった。同じ昭和の育ちでも、都市部と田舎ではずいぶん違う。配偶者に先立たれ、レトルト食品で食いつなぐ男性には、たぶん、昔の都会っ子が多いのだろう。
それにしても、暑い!言うまいと思えど今日の暑さかな。だれの作なのか知らないけれど、この夏はひとしお、この句が心に染みる。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭










