MBCラジオ

「#50 さとり世代」風の歳時記

蒸し暑い宵の空に低い雲が垂れ込め、盛り場の灯りを映し出している。無愛想なオヤジだが、昼過ぎから仕込みに精を出しているだけあって、焼き鳥がとにかく美味い。どううまいのか。説明に困るのだが、例えば鶏レバーでいえば、外側のカリっとした焼け具合。前歯で串から外し、ひと噛みした瞬間にとろけだすレバー独特の柔らかいゼリー状の感触が何ともたまらない。タレはしつこくもなく、かといって淡白すぎる訳でもない。絶妙のバランスは、丁寧な仕込みの技なのだろう。バーナーでこんがりと焼かれた「ねぎま」の表面から立ち上がる香り、その後にやってくる肉汁のジュワっとした味わいも、また、絶品だ。

もう、ずいぶん前、この店で友人がいきなり話し始めた。「最近はさ、草食系じゃなくて、絶食系男子という種族が現れ始めているらしいんだよなぁ」

その口ぶり、表情から、まさに情けなさそうな、世を嘆く空気を漂わせている。彼の話によると、絶食系とは、肉食系でも草食系でもなく、恋愛に興味を示さない男性、女性無しで人生を楽しめるタイプの男性、性欲だけに限らない。物欲、食欲、上昇意欲、名誉欲、金銭欲…全ての「欲」という「欲」から解き放たれたというのか、傍目には、さながら悟りの境地にあるようなタイプの男性を指すのだという。「絶食というより、断食系だなぁ、ラマダン男子か」と相槌を打つ。

彼に言わせれば、この絶食系男子の群れはいわゆる「さとり世代」の特徴で、「だからといって、女性が苦手だったり嫌いだったりするわけでもないらしい。もう理解できないねぇ」。お湯割りをグビッと喉に流し込みながら、溜息をついている彼の心情、わからなくもない。ボクもだけど、昭和のイケイケドンドンの元企業戦士だったオヤジ世代にとっては、何とも理解しがたい現象なのだろう。

ところで、この「さとり世代」、バブル崩壊後の1990年代に生まれ、2000年代初めの「ゆとり教育」を受けた人たちのことを指す。年齢として、いま、20歳代後半から30歳代の前半に当たるだろうか。「ゆとり教育」の授業でパソコンを覚え、帰宅したらネットで何でも調べられ、ゲームの楽しさも自然に覚えた。ネットを通して、頭の中だけで世界を理解した気分になり、心身ともにストレスで消耗する恋愛やスポーツは「面倒なこと」に仕分けされ、旅行や飲み会も「お金がもったいない」「疲れるだけ」ということになるのだろう。

去年生まれた日本人の子供の数が、初めて70万人を割り込んだ。一人の女性が生涯に産む子供の数である出生率も1.15人でこれまでで最も少なかった。鹿児島でも生まれた子供の数が初めて9000人を割っている。人口減少に歯止めがきかなくなってきた。

デジタルもITも人工知能AIもいいけれど、なんだか、ずいぶん、手触りの実感、肌感覚に乏しい時代になってきたものだ。

30年以上も焼き鳥を仕込み、串を通し、炭火をおこして焼き続けた大将は、きっと、「じゃ、その人工知能とやらにボンジリでもレバーでもズリでも焼かせてみやがれ」と吐き捨てるんだろうな。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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