MBCラジオ

「#46 雨々降れ降れ」風の歳時記

藪こぎをするほどではないけれど、裏山の茂みを両方のヒジでかき分けながら抜け出す。けもの道を少し登ると日当たりのいい尾根に出る。まだウツギが白い花を揺らしていて、その向こうにヤブデマリも咲き残っている。ウツギの花は卯の花。小学校唱歌の「夏は来ぬ」に歌われた「卯の花の匂う垣根に…」の卯の花は、このウツギだ。ヤマアジサイも淡い枯れ葉色が、間もなくやってくる雨の季節によく似合って、いくら眺めていても見飽きない。

九州南部の平年の梅雨入りは5月30日ごろだけど、なんと、今年は沖縄、奄美地方に先駆けて早々に梅雨入りしてしまった。五月の雨と書いて「五月雨(さみだれ)」と読む。が、この5月は旧暦の5月。いまで言うと6月から7月上旬に降る梅雨の頃の長雨のこと。市町村の「村」に雨と書くのが「村雨(むらさめ)」で、これは「群れのように降る雨」、つまり群がるように激しく降ったかと思ったら、すぐにやんだり、雨脚が弱まる雨。夏の季語だ。市町村の「村」は当て字だけれど、夏のにわか雨に打たれてひっそりと静まる村の家々の風景にも重なって、「むらさめ」という呼び方には、忙しない日常のあれこれを束の間、忘れさせてくれる風情がある。

と、そんなことを考えていたら、「雨々降れ降れ 母さんが 蛇の目でお迎え 楽しいな」という歌をふと思い出した。さて、この歌の題名は何だったか。全く記憶にないことに気付く。

調べてみると、「あめふり」という歌。北原白秋作詞、中山晋平作曲で、大正14年、ちょうど100年前に発表された童謡なのだそうだ。

そして、この歌、5番まであることも初めて知った。おしまいの「ぴっちぴっち ちゃっぷちゃっぷ らんらんらん」は全て共通しているので省くと、2番以下はこんな歌詞だ。

かけましょかばんを かあさんの あとから ゆこゆこ かねがなる

あらあらあのこは ずぶぬれだ  やなぎのねかたで ないている

かあさん ぼくのを かしましょか  きみきみこのかさ さしたまえ

ぼくならいいんだ かあさんの  おおきなじゃのめに はいってく

ちなみに、「じゃのめ」は蛇の目傘、「柳のねかた」は根っこの「根」に方角、方向の「方」、つまり根っこの辺り。そこでずぶ濡れになっている男の子を見つけて、自分の傘を差し出すストーリーになっている。そんな物語が書かれているとは、知らなかったなぁ。

この男の子、迎えに来たお母さんと一緒に下校しているところをみると、小学校低学年、6歳か7歳くらいだろうか。ずぶ濡れになって柳の下で泣いている友達に自分の傘を貸すのだけれど、「きみきみ このかさ さしたまえ」という声のかけ方に100年前の男の子の、背筋がシャキっと伸びた姿を想像してしまう。自己犠牲というのは大げさだけど、自然な優しさを身につけていたこの子たちが、十数年後、太平洋戦争の最前線で命を散らしていく世代になったんだな…と、ふと思う。 今年は昭和100年。 紫陽花の花の似合う季節がやってきた。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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