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「#37 ヤマザクラ」風の歳時記

寒緋桜、河津桜などの早咲きの桜に続いてヤマザクラが競い合うように咲き始めてきた。淡いピンク色の花が早緑色の山肌を彩り始めると、縮こまっていた身体も気分もゆるりと解き放たれて、ふわふわと春の空を漂ってみたくなる。桜と言えば花見、花見と言えば、いまではソメイヨシノが定番だけれど、奈良の吉野山、京都の嵐山など古くからの桜の名所は、いずれもヤマザクラ。太閤秀吉の花見で有名な京都の醍醐寺や阿蘇の一心行の桜もヤマザクラだ。

「敷島の大和心を人問わば 朝日ににおう山桜花(やまざくらばな)」

江戸時代の国学者・本居宣長の歌だが、朝の陽ざしを受けて優しく輝く薄紅色のヤマザクラの花は、冬の厳しい寒さに耐えて、ようやく蕾を開き始める喜びをそのまま映し出してくれて、「あぁ、日本に生まれてよかったな」とつくづく思う。

そういえば、新型コロナ禍のせいでもあったのだが、このところ、桜木の下で酒を飲むことに縁遠くなってしまっている。花見に誘われても、開花のタイミングと自分の空き時間がうまく合わなかったこともあるのだけれど、それだけではない。いっぱいに敷き詰められた、あの場所取りも兼ねた青いビニールシートの群れも、なんだか興ざめで、足を遠のかせている一因だ。

 花見といえば、私たち日本人は桜の枝の下にもぐりこむように下から仰ぎ見るのが普通だが、こういう風習が広がったのはいつからなのだろう。古の中国では、花見といえば梅の花。しかも、山の裾野に広がる梅林を、ちょっと離れて見下ろすように眺めるのが習いだったようだ。真横からや、上の方から花々を愛でるのと違って、花の下にもぐりこんで座り込み、呑み、食べ、しゃべり、歌い、踊るのは日本人だけだ、と聞いたことがある。 何の根拠もないけれど、人々はハラハラと風に散る花びらを眺めながら、自分の人生を重ね合わせて、短い命のこの一瞬のかけがえのなさを噛みしめるのだろうか。それとも、降り注ぐ樹木の精、スピリットを一身に浴びながら、再びよみがえってきた春の生命を愛おしむ心情があったのか。

 幼い頃、田舎の村で、母や近所のオバサンたちに連れられて行ったのは、田んぼの裏山を少し登った、緩やかな斜面にあるヤマザクラの老木の下だった。

大人は弁当や重箱を包んだ風呂敷を、子供たちは、巻き込んだゴザや筵を手にしていた。息を切らせながら山道を登る。ワラやイ草を編み込んだゴザや筵には草いきれの残り香のようなものが付いていて、褪せた色合いも手触りも、そよ風に揺れるヤマザクラの花や春霞、それに、何よりも初々しい緑にお似合いだった。思わず寝転がって、空を仰ぎたくなる。呑み疲れ、喋り疲れて、大人たちが昼寝を始めるころ、子供たちもツクシやツワブキ採りに飽きて、「そろそろ帰ろうよ」と催促し始める。

ふと気づくと、ゴザに寝転がった母やオバさんたちの上に、ヤマザクラの花たちがひらひらと舞い落ちていた。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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