MBCラジオ

「#35 あれから14年」風の歳時記

14年前のあの日。

ニュース速報が流れた午後2時46分から小1時間ほども経った頃だっただろうか。たまたまつけていた部屋のテレビでNHKのヘリコプターが映し出す津波の中継を呆然と見つめていた。まるで意思を持った無慈悲な生き物のように、黒く濁った海水の壁が田畑を、家屋を、道を、車を、そして逃げ惑う人たちを次々に呑み込んでいく。この世のモノとは思えないライブ映像に、言葉もなく時間が過ぎ、ふと、我に返って部屋を出ると、同僚たちは、まるで何事もなかったかのように机に向かっていた。鹿児島は全く揺れなかったし、職場のテレビも切られていたので、大地震があったことも、大津波が襲ったことも知らない。

「テレビつけてみて…東北が大変なことになってる」と声をかけた。

自前の想像を遥かに超える出来事の前で、言葉がしたたかに打ちのめされてしまうことがある。かつて、例えばたまたま島原で目の前にした雲仙普賢岳の火砕流惨事だったり、ふらふらとアフリカ放浪の旅に出て、出くわしてしまったルワンダでの大虐殺、無数の人々の死だったり…。語ろうとして、しかし、どうしても言葉が喉にひっかかり、音として出すに出せない体験はあったのだが、東日本大震災の場合も、それに続く「ゲンパツ」事故とも相俟って、ただ黙って、低くうなり続けるしかなかった。

俳人の長谷川櫂さんは、この震災を受けて、『震災歌集』を緊急出版した。俳句を専らとする彼にとっての初めての短歌集。俳人たちの間ではあれこれ異論、意見もあったようだ。が、一気に風景や心象を切り取る俳句では伝えきれない何かが、彼を激しく突き動かしたのだろう。意図せずに溢れ出てしまった言葉といっていいのかもしれない。

・乳飲み子を抱きしめしまま溺れたる 若き母をみつ 昼のうつつに

・人々の嘆きみちみつる みちのくを 心してゆけ桜前線

あれから14年、メディアや政治の世界から聞こえてくるのは、相変わらず「再生」だの「復興」だのといった掛け声ばかり。故郷を根こそぎにされ、放射線にさらされ、津波にさらわれた一人ひとりの死者たち、残された人たちに、何が届けられ、何が伝えられなかったのか…。

メルトダウンした福島第一原発の原子炉の中から溶け落ちた燃料、いわゆる「燃料デブリ」の総量は約880トン。去年11月、その燃料デブリの試験的取り出しに成功した。長さ22メートルの「釣りざお式の装置」を原子炉の格納容器に差し込んで、採取できたのはわずかに0.7グラム。耳かき一杯ほどだった。14年もの歳月をかけて、である。

間もなく3月11日が巡ってくる。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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