MBCラジオ

「#32 手帳の空白」風の歳時記

それほど暇でもないと思っているのだが、時にどうしようもなく手持ち無沙汰になる時間がある。たいていは朝から丸一日、何をする予定もなく、ダイアリーが真っ白の日だ。そんな朝は、まず珈琲を淹れる。新聞に目を通した後はソファーに座って足を投げ出し、見るともなしに窓の向こうの空を見つめている。

2月も半ば、暦の上では春というものの、まだまだ体感、身体に感じる季節は冬だ。立春を迎えた2月、如月には一年で最も寒い月というイメージがある。気になって鹿児島の月ごとの平均気温を調べたら、過去10年で2月の平均気温が1月より寒かったのは3年前、2022年の一回だけ。1月が最も寒い月なのだ。意外だった。

それでも、2月という月は「春は名のみの風の寒さや…」で始まる早春賦の時期といっていいのだろう。カスミやおぼろ雲を見るにはまだまだ早いけれど、海の上遥か高く、ホウキでサッと掃いたように「すじ雲」が浮かんでいる。この雲は秋の空にもよく見るのだが、重い鈍色の冬の雲から解放されて、空高く流れ始めた雲の間から差し込む太陽の光は、「春遠からじ」を告げてくれる。まさに「春は光から」だな、と思う。

ふと、我に返って、「さて、今日はどう過ごそうか」と思案する。イケイケどんどんの高度成長期、働きバチ世代の末席を汚していたせいもあるのだろう。この、何をするでもない、生産性に乏しいというか、無意味というか、ただボンヤリしている、そんな状態はなんとも居心地が悪い。つくづく貧乏性が習い性となっている世代だなぁ、と苦笑いしてしまう。

 考えてみると、手帳の予定欄が真っ白、今日という日の24時間は自分の思うまま、好きなように使っていいのだから、これほど解放された感覚はないはずなのだけれど、宮仕えを長く続けた果ての深刻な後遺症なのだろうね。束縛のない時間をどう使ったらいいのか思いつかない。世にいう退職後の「生きがい喪失症候群」って、こんな気分なのかなぁ。 

 そもそも予定はあくまで予定であって、本当にそのスケジュール通りにコトが運ぶのかどうかなんて、自分にも誰にもわからない。いま、この次の瞬間、ボクの体調が急変して倒れてしまうことだって、100%ないとは誰も断言できない。先々のスケジュールの書き込みで手帳が真っ黒になっていることに、根拠もなく充足、生きがいを感じているなんて、よくよく考えたら、お気楽そのもの。ただひとつ確かなことは、「いま、この瞬間、間違いなくボクは生きている」という事実、その手触り感しかないのだものね。

「忙しい」「せわしない」「あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ」が生きがい、充実感、満足感を保証してくれるような気分になったら、これはちょっと危ないんじゃないか。くねくねと曲がった人生の道、上り坂、下り坂を倒けつ転びつ走ってきて、ふと気づくと、本当に自分のやりたいこと、しなくちゃいけないことがわからなくなってしまうなんて、あまりに寂しい。手帳の予定欄は白ければ白いほど、自由で楽しいに決まっている。

よし、今日は一日、何もせずにゴロゴロと過ごし、気が向いたら裏山にでも登ってみよう。「春は名のみの風の寒さ」が、きっと、肌に心地いいに違いない。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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