MBCラジオ

「#30 健康オタク」風の歳時記

昼食を済ませた後の1時間のウォーキングを始めたのは、新型コロナが広がり始めた年の春だった。間もなく5年になる。もともと、持病があるわけでもないのだが、習慣化してしまうと、雨が降ろうと矢が降ろうと、やめられない。去年の夏のあの猛暑もものともせず、炎天下を汗だくで歩いた。さらに、食事も糖質を減らし、できるだけ野菜、魚中心に変えた。体重の変動がほとんどなくなり、健康診断での血液検査の結果がみるみうるうちに改善、すべての検査項目で正常値になった。努力が数値化されて示される快感は、スポーツ選手が自己ベストを目指す執念に似て、ますますやめられなくなる。「健康は命より大事」などとは思っていないけれど、これってやはり「健康オタク」なんだろうな。

そんな中、友人たちと街中のレストランで昼食をとった時のことだ。隣のテーブルで一人の痩せたお爺さんが、上半身を曲げるように日替わり定食を召し上がっていた。箸の使い方はおぼつかないが、ようやく口に入れた牛肉をゆっくりと、黙々と噛み続けている。「何歳くらいだろうね」「80代かな」などと話していたのだが、後で店の人に尋ねたら

「97歳ですよ。いつも一人でお見えになって、しっかり食べて帰られます」。

洒落たジャケットに身を包み、食事を終えると、おもむろにパナマ帽をかぶって勘定を済ませ、悠然たる風情で店を後にされた。いやぁ、97歳、なかなか颯爽として、立派なものだと感心し合ったのだが、もう一つ、びっくりしたことが。

その日の日替わり定食はカルビ焼きとコロッケ、野菜サラダと冷奴というメニュー。このお爺さん、ご飯と焼肉とコロッケを完食したのに、野菜サラダと冷奴はほとんど手を付けていないのだ。年齢を重ねれば、糖尿病や動脈硬化のリスクが増す。だから糖質は控え目に、むしろ、野菜サラダや冷奴はしっかり食べなさいと教えられたような気がするのだが…お爺さんはまるで逆!そのお姿を見つめながら、やれ糖質カットだの低カロリーだの、ウォーキングだのと気にしている我が身が何とも軟弱に思えて、情けなくなってしまったことだった。

江戸時代の画家、歌川国芳(うたがわ・くによし)に六人のお爺さんの姿と「老い」を風刺した6つの狂歌が描かれた絵がある。その狂歌が面白い。

●シワが寄る ほくろができる 背はちぢむ あたまはハゲる 毛は白くなる●手はふるう 足はよろつく 歯はぬける 耳はきこえず 目はうとうなる●身に負うは 頭巾えり巻 杖 眼鏡 たんこ温石(おんじゃく) しびん 孫の手…(温石とはカイロのようなものですね)●くどくなる 気みじかになる 愚痴になる 心はひがむ 身は古くなる●聞きたがる 死にとうながる 淋しがる 出しゃばりたがる 世話をしたがる●またしても おなじ話に 子をほめる 達者自慢に 人はいやがる

いまもお年寄りが集まると、話の三大ネタは「孫」「年金」「健康」なんだそうだが、江戸の庶民も令和のお年寄りも、根っこは変わらないんだな。狂歌にうなづきながら、平和とは、本当に、つくづく、有り難いものだと思う。

この週末を過ぎると、月曜日、2月3日は立春。行きつ戻りつ、春がそっと姿を見せ始める。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

関連記事

  1. 冬のスクーリング
  2. 12月4日(水)のセットリスト
  3. 550 十島村・中之島 ⛴
  4. 市制施行20周年記念「かのや夏祭り」! 
  5. 菜の花💛都市農業センター
  6. 放送555回
  7. ほおずき💖
  8. 「城山スズメ」オリジナル【ファスナーポケット付きサコッシュ】を1…

最新の記事

  1. 12月5日(金)のセットリスト 城山スズメ金曜日セットリスト
  2. 「城山スズメ」オリジナル【大きめファスナーポーチ】&【川畑みかん】をそれぞれ1名様にプレゼント!
  3. 「ハート形 目玉焼き&スクランブルエッグ」と「オートミールマフィン」

海と日本プロジェクトin鹿児島

PAGE TOP