MBCラジオ

「#27 年越し坐禅」風の歳時記

もう20年ほどになるだろうか。毎年、大晦日から元日にかけては、お寺の坐禅堂で座りながら新年を迎えるのが習慣になっていた。黙々と板壁に向かいながら座り続けているうちに、本堂の方から若い僧たちの読経が聞こえ始める。やがて読経が終わり、再び静寂が坐禅堂内を支配する。

次の瞬間、すぐそばの鐘楼から除夜の鐘の第一声が響きわたる。全身に深く、鈍く突き刺さるような音を聞きながら、この一年の諸々の出来事が、脳裏をよぎっていく…。

もともと、年越し坐禅を始めたきっかけ。あれは40歳の頃だった。熊本と大分の県境近く、日本有数の禅の修行のお寺に籠ったことがある。鬱蒼とした杉木立に囲まれた寺には電気もガスも水道も電話もない。水は谷川からのもらい水。俗世間から隔絶された寺で、年末から年明けにかけて8日間、修行僧たちとともに、ひたすら座り続けた。

大晦日の夜、いつもの通り、座禅が始まる。暖房ひとつない真冬の堂内で、背筋を絶え間なく震えが襲う。テレビがタレントたちのカウントダウンの喧騒を茶の間に送信している頃だろうか。それとも「ゆく年くる年」を家族で観ている頃かな。

いつ、新しい年が始まったのかもわからぬまま、普段通り、修行僧たちは「単」と呼ばれる堂内の一角で眠りについた。「単」とは座禅を組み、布団にくるまる、一畳ほどの唯一の個人スペースだ。新年祝賀の言葉もなく、最後まで黙ったまま。やがてランプが吹き消され、寺は深い闇に沈んだ。

寒暖計が氷点下を指した翌朝、元旦。未明の坐禅を終えた修行僧たちが本堂に集まってくる。仏像に向かい、畳に頭をすりつけながら声を合わせた。

「あけましておめでとうございます!」

「新年のあいさつは朝になってからなのですね」と尋ねてみる。僧の一人が、答えてくれた。「本当に真夜中の午前零時に年が明けるのでしょうか。例えば、時計のなかった時代…いつ日付が変わったのかわからないはずですしね~」

「時計を信じない。元日の東の空を彩る夜明けのかすかな光だけに、確かな年明けを実感するのが自然なんだ」と。そういわれれば、秒針の刻みに合わせてのカウントダウンの騒々しさ、午前零時を期して一斉にお宮に殺到しての初詣が何とも空しくなってしまう。若い修行僧が話す。「自然と一緒に息をする実感でいえば、私たちにとって、夜中ではなく、夜明けこそが新しい年の始まりなんですよ」

実は、去年の大晦日から今年の元日にかけて、坐禅での年越しは中断してしまった。お寺さんの都合で坐禅堂が無くなったと聞いて、20年ぶりの座禅抜き、我が家での年越しである。「その座禅って、それさ、一年間の自分の失敗や罪を一晩でリセットしてるだけだろ?」と、口の悪い友人が言う。そうかもしれないな、と頷く自分が、確かにいる。それでも、坐禅抜きにお正月を迎えるのは気が抜けたビールのように味気なかった。「どこぞに坐禅で年越しさせてくれるお寺はないかなぁ」と探し始めている。

今日10日は十日戎、明日11日は鏡開きをするところも多い。正月気分もそろそろエピローグに入ってきた。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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