MBCラジオ

「#26 年の瀬」風の歳時記

日めくりのカレンダーも残り数枚になってきた。冬休みのこの時期になると、農家である父の実家に連れていかれていた。三和土に座り込んだ祖父が、「へっつい様」や水の神である「水神様」を祀る細い注連縄を編み始めている。足の指先にワラをひっかけて縄を綯う祖父の慣れた手つきが神業のように思えて、飽きずに見つめていた。

「へっつい」とは竈のこと。へっつい様とは火の神様である。俗にへっつい様というけれど、正式には荒っぽい神、荒神様と呼ぶことを知ったのは、大人になってからのことだ。

 ガスも電気もない時代。焚き木で煮炊きする竈は一家の暮らしを支えてくれる命綱だった。家を分ける、分家と言っても、今の時代、何のことか理解できない人も多いだろうけれど、家族の一員、当時の次男、三男坊たちが育った家を離れて、別に一家をたてることを「竈分け」と呼んだくらいだ。

それって、いつの話?と言われそうだが、戦後もかなり経ってからのことだ。田舎の祖父の家にももちろんプロパンガスが入っていて、土間の竈はほとんど使うことはなかった。それでも、「竈周りをきれいにしておかないと家の運が傾く」というのが祖父の口癖で、年の暮れの時期になると注連縄を編み、大みそかにはホコリを払って、磨き上げていた。いまや、マンションのキッチン、ガスコンロにそこまで思い入れる人はいないだろう。便利さにすぐに慣れて、これまでお世話になったモノたちをきれいさっぱり忘却の淵に沈めてしまう。

 今日は多くの会社や役所で仕事納め。一年間、淡々と過ぎていた時間の流れが急に足早になって、文字通りの「年の瀬」に入る。年末、歳末、年の暮れ、といった言い方と違って、「年の瀬」という呼び方には、いよいよ押し詰まって、何かに急き立てられるように日々が過ぎていく暮らしの実感がこもっている。

 「瀬」とは川や海が浅くて、流れが速くなる場所。逆に深くて流れが緩やかなところを「淵」という。淵で溺れても、浅瀬にたどり着けば歩いて渡ることもできる。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉は、激しい流れに吞み込まれ、もう助からないと絶望したときには、バタバタせずに、逆らう力をすべて投げ捨てて、流れに身を任せろと教えている。無駄な抵抗をやめ、ふわふわと自然体で漂っていれば、思いがけず浅瀬まで流されて命拾いすることだってあるのだ。

そういえばフランス・パリの紋章に刻まれている「たゆたえども沈まず」という言葉、作家の開高健さんは「漂えども沈まず」と訳しているけれど、「どんな暴風が吹き荒れ、木の葉のように揺さぶられても、絶対に沈むものか」という気品のある意志を感じさせてくれる。たおやかに、穏やかに、柔らかくやり過ごしていれば、「浮かぶ瀬」も自ずから立ち現れてくるのだろうね。

今年もあと5日。  

漂いはしても、決して沈まない…新しき年が、そんな年になりますように。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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