
放送日:2024年12月20日
まだずいぶん若かったころのことだ。ちょっと大袈裟だが、私たちの惑星・地球号の運命の一端をボクの生き方そのものが担っているのだと、思い込んでいた時期があった。いわゆる「環境派」の走りといってもいい。いい加減で、ルーズで、すぐに「まぁ、いいか」と済ませてしまう今のボクとはまるで別人のようだった。
その頃、米国の思想家で環境活動家であるレスター・ブラウンの著作「地球29日目の恐怖」を読んだことがある。いったい29日目の恐怖とは何なんだろう…。こういう話だ。
「大きな池に睡蓮の葉が一つ浮かんでいる。この葉は毎日、2倍に増えていく。葉っぱが池全体の半分を覆ったのは29日目だった。では、池の水面の全てが覆われるのはいつだろうか」。元々はフランスの民話を題材にした例えともいわれるが、言うまでもなく、答えは翌日の30日目だ。
倍々ゲームの進行速度が臨界点を超えたときの怖さ、つまり「まだ半分は、もう半分」という原則は、急激な変化には危機意識が働くのに対し、変化がゆっくりだと、いつのまにかそれに慣れてしまい、対応するタイミングをのがしやすい。「危ない!」と感じたときには、すでに致命的なダメージを負っているという話でもある。
5年前になる。スウェーデンの高校生の一言、「How dare you!」はこたえたな。「よくも、そんなこと、言えますね」「どの口がそんなことを…」とでも訳せばいいのか。ニューヨークでの国連の気候行動サミットで、各国代表を前にグレタ・トゥーンべリさんが言い放った言葉だ。
「私が伝えたいのは、私たちはあなた方を見ているということです…あなた方は私たち若者に希望を見出そうと集まっています。よくそんなことが言えますね。あなた方は、その空虚なことばで私の子供時代の夢を奪いました。…生態系は崩壊しつつあります。私たちは大量絶滅の始まりにいるのです。なのに、あなた方が話すことはお金のことや、永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね(How dare you!)」
彼女が涙で訴えた翌日、国連は特別報告書を公表した。世界の平均海面は過去100年間の2・5倍のペースで上昇している。このまま温室効果ガスの排出が増え続ければ、世界の海面は最大で1・1㍍ほど上昇する恐れがあると…。
言われるまでもなく、このところ異様なコースをたどる台風やゲリラ豪雨、猛暑・酷暑、豪雪など、さらに師走に入ったというのに20度を超える日もあったここ鹿児島の最高気温。私たち自身も毎日のように「静かに忍び寄る地球の異変」を感じ取っている。
ゆでガエル症候群という理論がある。カエルをいきなり熱湯に入れると慌てて飛び出して逃げるが、冷たい水にカエルを入れてじわじわと温度を上げていくと、カエルは温度変化に気づかず、生命の危機を感じないまま、いつの間にか茹で上がって死んでしまう。昨日と今日の周りの風景の変化には敏感だけど、長い時間をかけて、足音を忍ばせながらジワジワとやってくる魔物への私たちの認知能力は恐ろしいほど劣化しているのだろうね。
自分のことは棚に上げ、「まぁ、いいか」で済ませてしまう「棚上げ族」をいつまで続けるのか。我と我が身を振り返れば、今年もまた反省ばかりの年の暮れとなった。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭









