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「#22 冬の蚊」風の歳時記

「#22 冬の蚊」風の歳時記

時折、というか、よく考えてみると、ほとんど毎月のように東京に行く。たいていは仕事での上京なので、バタバタと所用を済ませ、鹿児島にまっすぐ戻って来る。ブーメランの上にまたがって行き来しているようなものだ。もともと、一時期住んでいたこともあって、いまさらうろつく気にもなれないということもある。でも、それ以上に、ここのところ、そう、たぶんここ十数年ばかりの東京は、すさまじい都市開発ラッシュで、ますます息苦しくなってきていて、とても長居する気になれないのだ。

なにしろ人が多い。渋谷でも銀座でも品川でも新橋でもいい、駅頭に降り立つと、どこから湧いて出てきたのかと息をのむほどの人の波だ。改札口を出入りするのに、次々に向かってくる人々にぶつからないように気を遣う。みんな無言で、足早だ。少子化と超高齢化と急激な人口減少が声高に語られ、このままでは日本が衰退の一途をたどると嘆かれている現実がまるでウソ幻にしか思えない。

人込みを逃れてホッと一息つく。これだけの人間が一日にいったいどれだけのモノを食べ、どれほどのエネルギーを費やし、ちょっと品がなくて申し訳ないけれど、どれだけの量を排泄しているのか…考えてみると、恐ろしくもおぞましくもなる。

ちなみに人間が住むことができる土地の面積を基に1平方キロ当たりの人口密度をみると、鹿児島県のおよそ500人に対して東京都は9700人。同じ面積に換算するとなんと20倍近い人たちがひしめきあっていることになる。まるで「バッタの大群」だね。

今月中旬のこと。娘が住む世田谷区の夜の住宅街を歩いていて、ふと気が付いた。虫の音が全く聞こえないのだ。もちろん、街路樹の立つ道路沿いに建てられた家々には明かりが灯り、庭があり、庭木も茂っている。塀越しに覗くわけにはいかないが、都心部の土くれひとつないビル街と違って庭には土もあり、草もそこそこ生えているはずだ。それなのに、まったくと言っていいほど虫の声が聞こえてこない。これが、かつての武蔵野の「いま」なんだな。

●「耳を傾けて聞く、というのは、今の武蔵野の心にピッタリ当てはまっている。

 秋なら林の中から起こる音、 冬なら林の彼方 遠く響く音。

 鳥の羽音やさえずる声。 風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。

 草むらの陰や林の奥から鳴る、虫の音」

明治の小説家で詩人でもあった国木田独歩の「武蔵野」の一節だ。その頃を知る由もないけれど、人の手になる人工物ですべてを埋め尽くしてきた都会の悲しさ…。もはや、耳を傾けても自然界からの声も音も何も聞こえない。無理筋とはわかりつつ、鹿児島の若者たちに「それでも、やはり東京に出ていきたいの?」と語りかけたくなってしまう。

翌日、ふと思い立って、皇居近くの千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪ねた。ベンチに座っていたら、くるぶしを蚊に刺された。こんな季節に蚊にさされるとは …と驚きながらも、なぜかホッとさせられたことだった。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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