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「#21 自分さがし」風の歳時記

「#21 自分さがし」風の歳時記

季節が冬に足を踏み入れると、朝の眠りが心地よくなる。起き上がるのが惜しい。ちょうどいい塩梅の布団の温もりに身を包んで、ベッドでごろごろ。覚めているとも眠っているとも判然としない、至福の時間に、しばし、身を委ねる。ぼんやりと薄い膜がかぶさっているような意識。なぜか、「ボクは確かに生きている」と自分に念押しするようにつぶやいてもみたくなる。

自分、ここでウトウトとまどろんでいるこの「わたし」って何だろうねぇ…。薄目を開いて、じっと手のひらを見つめてみる。皺の寄り始めたこの手のひらとも、そういえば、長い付き合いだ。生まれてこの方、この指で、いったいどれほどのものに触れたり、握ったりしたものか。数えきれないほどの温もりと冷たさ、痛さと柔らかさ、震えたり、さすったり…。おぼろな薄い意識の膜の向こうに、さまざまな指の記憶が並んでいる。

一時期…、いや、今もかな?若者たちの間で「自分さがし」という言葉が流行った。どこか、今の私とは違う別の私、今の私とは遠く離れたところに違う私がいるはず。その、もう一人の私に会いに行く旅。そんな感じだっただろうか。私はなぜ生まれてきたの?なぜ、必ず死ななきゃならないの?そもそも、私って誰?振り返ってみれば、そんなことをふと考えた頃もあったっけなぁ。深く突き詰めることもなく、目の前に次々に現れる現実、例えば、お腹がすいた、会社に行かなくちゃ、洗濯物取り込まなくちゃ、といった雑多な心の動きに追われて、すぐにかき消されてしまってたけれど。

私って誰なんだろうね。見知らぬ土地で「あなたは誰?」と尋ねられたら、「はい、何とかといいます」と名前を答えるしかないのだろうけれど、あなたが間違いなくその人であることを証明しろと言われたら、これは少々厄介だ。戸籍謄本や運転免許証だって誰かがどこかで記した物、絶対的な証明にはならない。そもそも名前なんて、生まれた瞬間には存在しないし、自分の意思で名乗った訳でもない。ゴキブリにもミミズにも名前なんてないもの。

何かで読んだのだが、人間の遺伝子の半分は、どういう役割を果たしているのかわからないけれど、ウィルス由来であるらしい。気の遠くなるような生命の進化の途中で膨大な量のウイルスたちがご先祖たちの体内に紛れ込んでいたんだね。動物の進化は親から子へという垂直方向の遺伝で少しずつ進むと考えていたけれど、ウィルスは生物の個体同士の間を水平に移動、つまり感染という形で、横方向から遺伝子を潜り込ませていた。その積み重なった結果のひとつが、今の私。この惑星の歩みの一切合切を一身に背負って「私」はいる。

宇宙誕生から138億年、地球が生まれて45億年余り。すさまじい、気の遠くなるような偶然の結果として、「私」は「いま、ここに」確かにいる。どこか遠くにまだ見ぬ別の私がいる訳ではない。そのままの私を認めてあげて、あるがままに大事にしたらいいんだろうね。

 ――お腹がすいてきたなぁ。自分さがしの時間はここまでにして、そろそろ起きなきゃ。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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