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「#19 むかご飯」風の歳時記

「#19 むかご飯」風の歳時記

厚手の鍋に米を研ぐ。強火で沸騰させ、噴き始める頃合いを見計らって、ブツブツと踊るお米の上に手のひら一杯のムカゴをまいてやる。再び蓋をして、弱火で炊くこと15分余り。ムカゴ飯の出来上がりだ。鍋の上蓋をそっと開ける。フワリと秋の山の香りが立ち上がってくる。

都会で育った人、とくに若者は「ムカゴ」と聞いてもピンとこないかもしれない。ムカゴとは山芋の葉の付け根にできる小さな球のような実、いわば山芋の赤ちゃんのようなものだ。

ここ数年、秋が深まると週末ごとにムカゴ採りに車を走らせている。山道に分け入り、黄色く変色したハート形のヤマイモの葉を探す。枯れかけた蔓に灰色のムカゴが鈴なりになっているのを見つけるや、一気に体内にアドレナリンが噴き出してくる。

子どもの頃、山遊びをしながら、この季節、アケビやイチジク、甘柿採りに夢中になっていた。もちろん、ムカゴもシバグリも、山の中のあちこちにあったのだけれど、不思議なことに食べた記憶がない。子供だから、加熱したり、調理したりすることなしに、その場ですぐにそのまま食べられるものしか興味がなかったのだろう。

ムカゴは、冷気に当たりながら地面に落ちて、そこから再び山芋の命を育んでいく。植物学的にどういうものなのか、よくは知らないが、炊きたてのムカゴ飯に少しだけ塩を振りかけていただく風味は、まさに野趣そのもの。ほんわかと、優しい野の味わいは、淡白な分だけ繊細そのものだ。

ところで、少し前のデータだが、なんと、「生まれてから一度も日の出、日の入りを見たことがない」と答えた小・中学生が過半数にのぼることが、ある大学の先生の調査で分かったという。「海や川で魚釣りをしたことがない」「身長よりも高い木に登ったことがない」という子供も四割を超えるというのだからたまらない。この調査は関東地方の小中学生が対象だったのだが、「木の実や野草をとって食べたことがない子供」、「わき水を飲んだことがない子供」も半数を超えていた。

秋の黄昏の甘酸っぱい寂寥感、冬支度を始める木々の凛とした立ち姿、最後に残った熟し柿を照らす朝焼け…そんな風景に育まれる「自然との一体感」を置き去りにしたまま、この子たちは大人になっていくのだろうか。

山芋の蔓全てに実がつくわけではない。ムカゴ採りを続けていると、「この蔓には!」という直感がはたらくようになる。日当たり、水はけがよく、風が通るポイントに狙いを定める。そこは、彼らにとって次の世代に命をリレーする最適の土地なのだろう。

われら、かつては採集・狩猟の動物であった。飢えに耐えながら山や野を駆けまわり、命のDNAをつないできたご先祖様たちの苦労を、ほんの少しだけ実感しながら、黙々とムカゴ飯をいただく。

昨日は立冬、暦の上では冬に入った。  

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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