MBCラジオ

「#18 健さん」風の歳時記

高倉健。

健さんが亡くなって、この11月でちょうど10年になる。

うんと若かったころ、友人たちとなけなしの財布をはたいて映画館に向かったのは、たいていが健さん目当てだった。「網走番外地」、「日本侠客伝」「昭和残侠伝」などの一連のヤクザ・シリーズ。外に出ると、とっぷりと日が暮れていた。劇中の健さんが乗り移って、妙に肩をいからせ、時にふっと後ろを振り向くポーズをしてしまう自分がいた。

健さんが亡くなってしばらくして、鹿児島市内の追悼映画会に足を運んだ。掛かった映画は「冬の華」。といっても、もう知らない世代がほとんどだろう。いまから46年前の作品で、健さんが任侠路線、いわゆるヤクザ路線からヒューマン路線へと移る端境期の作品。この映画で、健さんは第1回日本アカデミー賞主演男優賞をとっているから、ご本人にとっては思い入れの深かった映画だったはずだ。

浜辺で戯れる幼い女の子の姿と、その傍らで二人の男が向かい合っている光景から始まる。

「なぁ、みのがしちゃくれねぇか。ガキがいるんだ」

命乞いする男を、高倉健演じるもう一人の男が刺し殺す。組を裏切った兄貴分を弟分が組織の命令で始末したという筋書きだ。男は残された女の子を子分に託して北海道の刑務所に服役する。服役中、男は「ブラジルの叔父」と偽って、この少女と文通を始め、お金を送りながら成長を見守り続けた。15年後、刑務所を出所した男は、子分に案内され、美しく成長した少女、池上季実子演ずる女子高生を遠目に眺める。会いたいけれど、自分はこの娘の父親を殺した男…。たまたま、二人は喫茶店で出会うのだが、少女から「ねぇ、ブラジルの叔父さんでしょ?会いたかった」とすがるような目で問い詰められた男は「なんか人違いじゃありませんか?わたしゃ、そんな話、しらねぇ」と突き放す。コーヒーカップを持つ男、健さんの手が震え続けていた。

何だかね…これは、実に「忍ぶ恋」なんだな。運命のいたずらに寡黙に耐える男を演じさせたら、やはり、健さん以上の人はいない。不条理も理不尽も、彼は、とにかく耐えるのだ。

『八甲田山』、『幸福の黄色いハンカチ』『鉄道員(ぽっぽや)』…健さんの作品はどれも好きだが、「幸福の黄色いハンカチ」の撮影でこんなエピソードがある。

刑期を終えて出所した直後の食堂。健さんがグラスに入ったビールを深く味わうように飲み干した後、ラーメンとカツ丼を一気に食べるシーン。その収録で「いかにもおいしそうに食べて飲む」リアリティの高い演技を見せ、1回で山田洋次監督からOKが出た。

あまりにも見事だったので、山田監督が尋ねると「この撮影のために2日間、何も食べませんでした」と言葉少なに語り、監督を唖然とさせたという。プロの凄みを体現した俳優だった。

10年前の追悼映画会。上映が終わるやいなや、50代とおぼしき最前列の男性から「健さん、ありがとう!」と声が飛んだ。健さんとともに一つの時代を彩った鶴田浩二、若山富三郎、菅原文太もこの世を去って久しい。

昭和がどんどんと、遥か彼方に駆け去っていく。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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