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「#16 秋の風鈴」風の歳時記

「#16 秋の風鈴」風の歳時記

起き抜けにベランダのガラス戸を開ける。風鈴がチリンチリンと鳴り始めた。ねずみ色というより黒に近い南部鉄の風鈴。その重量感に似合わない、軽くて細く澄み切った音に惹かれて、去年、デパートの東北物産展だったかで買い求めた。我が家二個目のものだ。

すっかり秋の風になったなぁ…。季節外れの秋の風鈴の小さな響きが、確かな季節の巡りを伝えてくれる。

風は空気の流れ。春一番、そよ風からつむじ風、台風から木枯らしまで、四季折々に表情を変える。時には神様の仕業になったり、亡くなった人たちのささやき声や叫びや呻きになったり。疫病神としての風の神は農作物や漁業への被害をもたらし、人の体内に入ったときは病気を引き起こすとも信じられた。「風邪をひく」の「風邪」を、「風」という字に「邪悪の邪、よこしまという漢字」と書くのは、人知れぬ風の魔力を恐れていたのだろう。

そういえば宮沢賢治の「風の又三郎」も、村の分教場にやってきた転校生の三郎が主人公。村の子が持っている常識が通用しない三郎は、東北一帯に広がっていた伝説の「風の精」になぞらえられて「ひょっとして、いや、きっと風の又三郎に違いない」と子供たちに信じられ始める。どこか知らない遠くの地から流れ込んで、村をザワザワと通り抜け、やがて去って行く「風」。

ただの空気の流れなのだけれど、風ほど気まぐれで、季節により、時刻により、場所により、気ままに姿を変えて、私たちの心を揺り動かす自然現象も少ないような気がする。やはり魔物なんだな。

10月も半ばを過ぎて、立冬、冬が立ち上がるまで、あと3週間。年々、秋が短くなっているような気がするが、今年は異様な、うだるような暑さがいつまでも尾をひいたせいか、あっという間に秋が走り去っていきそうだ。

くろがねの 秋の風鈴 鳴りにけり

明治から昭和にかけての俳人・飯田蛇笏の句だ。「くろがねの」が季節外れの風鈴に似合っている。きっと我が家と同じ南部鉄の風鈴だったんだろうな、と勝手に思う。いつの間にか夏が通り過ぎていたのに、外し忘れていたな。外そうかな、それとも、このまま秋風に鳴るままに任せておこうか…。そんな気持ちが伝わってくる。

東の窓から朝の日ざしが差し込み始めた。車の行き交う乾いた音を、時折、振り払うように風鈴が鳴っている。

風鈴が鳴っているのか、それとも、風が鳴っているのか。風が鳴るはずはないとわかってはいるけれど、耳を澄ましていると、秋の風が訪ねて来て、朝の挨拶をしてくれているようにも聞こえるのだ。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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