怪談師・Yoshinoとは

8月14日(金)に鹿児島市のカクイックス交流センターで、MBC主催の怪談ライブ「鹿児島最恐怪談」が開催される。
出演者のひとり、鹿児島出身のYoshinoは現役ミュージシャンでありながら「怪談師」「河童伝道師」という異色の肩書を持つ。鹿児島弁で語られる怪談は生々しさがある。
Yoshinoは1984年、鹿児島県いちき串木野市で生まれた。13歳の時に母が病気で他界。以来、父と祖母の3人暮らしとなった。
Yoshinoは物心ついたときから不思議なものが“視(み)える”ことががあったという。「子どもの頃から神社や森の中で人の形をした透明な何かを見かけることはよくありました。母方の親族にも『視える』方がいたのでその血を受け継いだのかもしれません」
「視える」ようになった出来事

中学3年生の夏前、ひとりで夜道を歩いていると、田んぼに佇んでいる人影があった。
「夜に田んぼにいるなんて…」と、不審に思った次の瞬間、その人影はYoshinoの目の前まで一瞬で移動してきた。
麦わら帽子をかぶった農作業姿の男性が顔まではっきりと「視えた」という。
その場所では、男性が農作業中の事故で亡くなっていた。
「それ以来、けっこう視えるようになっちゃったんですよ」
【写真】小学生の頃のYoshino。この頃からなんとなく「視えた」そうだ。
ミュージシャンを目指す
「視える」ようになったとはいえ、十代の青春に大きな影響はない。高校1年生の時、ミュージシャンを志し、独学でギターをはじめた。
学校の仲間とバンドを組み、Yoshinoはボーカルを務めた。MBCラジオの公開生放送番組に何度か出演するなど音楽活動に青春をささげる日々を送った。そのうちに「徐々に視えなくなっていった」という。

※高校生の頃のYoshino。音楽にのめり込むうちに「視えなく」なってきたが・・

※Yoshino&Masaeを結成。もう「視えない」と思っていた矢先に・・
音楽活動を続け、2012年にのちの妻となるMasaeと出会い、翌年12月にYoshino&Masaeを結成。
その頃にはほとんど「視える」ことはなくなり、Yoshinoは安堵していた。
しかしその時は突然やってきた。
鹿児島県のある島へ2人でライブに行った時、夜のサトウキビ畑の中にいる、白いほっかむりを被った老婆が、車のヘッドライトにうつった。Masaeには何も見えていなかったという。
「あまりにもはっきり視えたので、ひょっとして、以前より開眼したんじゃないかと」(Yoshino)
軌道に乗り始めた矢先にコロナ禍が・・・
Yoshino&Masaeはミュージシャンとして活動を続け2016年、47都道府県およそ150か所でライブを実施。その後も毎年全国を巡り、徐々に各地でファンを増やしていった。
ライブのトークのひとつとして、Yoshinoが経験した怪談を観客に話すこともあり、これを楽しみに訪れるファンもいたという。
全国ツアーは軌道に乗り、5周目に差し掛かったとき、コロナ禍に見舞われた。
「音楽の仕事がなくなって、生活ができなくなる。どうしようと思ったときに、自分の実体験をネット動画に上げるということをはじめました」(Yoshino)
妻のMasaeに心配をかけたくないという思いから、内緒で動画チャンネルを開設し、幽霊や妖怪との遭遇体験など数本の動画を上げた。動画の再生回数はどれも100回程度だったが、その視聴者の中にのちの人生を変える人物がいた。
「怪談師」Yoshino誕生

※2022年「怪談王」全国大会決勝戦に出場したYoshino。見事優勝を勝ち取る。
2020年、Yoshinoのもとに1本の電話がかかってきた。ネット動画を観たオカルト研究家・山口敏太郎からだった。
山口敏太郎氏が主催する最恐怪談師を決める大会「怪談王」の西日本大会への誘いだった。
コロナ禍でライブもできず、音楽活動で生活ができなくなっていたYoshinoは、Masaeに動画チャンネルのことを明かして出場を決意。
ネット動画の評価で競われたオーディション形式の予選を突破し、決勝に進出。勢いそのままに初出場で西日本チャンピオンとなった。
翌年2021年には「怪談王」東日本大会に挑み、こちらも優勝を果たす。
怪談で全国ツアー「さらに視えるようになってしまいました」
彗星のごとく現れたYoshinoの名は一躍知られるところとなり、Yoshinoは山口氏の事務所に「怪談師」として所属するようになった。
そして2022年、Yoshinoは全国大会で、友人の体験談をもとにした「放課後」という怪談で日本一に輝いた。
Yoshinoはミュージシャンの傍ら、日本一の最恐怪談師として全国で怪談ライブツアーを開催するようになっていった。
「全国を巡るうちに様々な出会いがあり、さらに視えたり感じたりするようになってしまいました」(Yoshino)
「河童伝道師」にも

※Yoshinoは「河童伝道師」として鹿児島に伝わる河童にまつわる話も語り継ぐ。
Yoshinoが生まれ育った地域には「河童」にまつわる言い伝え、実際に出会ったという体験談が数多く残っている。
河童に川に引きずり込まれそうになりとっさに河童の手をナタで切った話、畑仕事中に河童にとり囲まれ、襲われそうになった話などが伝わる。
父、祖母も河童と出会ったことがあるという。
地域の人々にとって河童は身近で、妖怪でもあり水を司る神として祀られる神聖な存在だった。
しかし地域の人口が減少し、周辺の環境が開発されるにつれて、その存在は身近なものではなくなり、忘れ去られていったという。
地域に伝わる話だけではなく、全国で失われていく河童の話を語り継ぐ「河童伝道師」として、怪談ライブツアーやネット動画などで河童にまつわる怪談も多く伝えている。
「親や近所の人がしていた河童の話を語り継いでいくのも、そこで生まれ育った自分の役割だと思っています」
Yoshinoは8月14日(金)に鹿児島市のカクイックス交流センターで開催される「鹿児島最恐怪談」に出演する。地元鹿児島でどんな怪談を語るのか。
「鹿児島という地に感じる不思議な力。それを実体験をもとに、自分の言葉で伝えたいです」(Yoshino)
『鹿児島最恐怪談』概要
| 日時 | 2026年8月14日(金) 開場13:30 / 開演 14:00 |
| 会場 | カクイックス交流センター 県民ホール |
| チケット (前売券) | 一般4,000円 (当日4,500円) 「動き出す妖怪展」パス付前売券5,000円 e⁺(イープラス/ファミリーマート、他) https://eplus.jp/kagoshimasaikyoukaidan |










