
放送日:2026年8月7日
「あてなるもの…削り氷にあまづら入れて、新しき金椀(かなまり)に入れたる」
えぇ?いま、なんて言った?
そう、耳で聞いても、何となくわかったような、わからないような。
「あてなるもの」とは、今風にいえば「上品な」「気品がある」もののこと。「削り氷」は文字通り、氷を削った、まぁ、かき氷のようなものだ。それに入れる「あまづら」とは、蜜のような甘みだろうか。「新しき金椀(かなまり)」の「かなまり」とは金属製のお椀のことをいう。
「あてなるもの…削り氷にあまづら入れて、新しき金椀(かなまり)に入れたる」。
現代語にすると「上品なものだね。削った氷に甘味をかけて、新しい金属製のお椀に入れたものは…」となる。
実は、これ、清少納言の「枕草子」の一節で、知られている限り、日本で最初にかき氷について書かれたものなのだそうだ。平安中期というから、さかのぼること1000年ほど前、平安貴族たちの間で、すでにかき氷が食べられていたということになる。
夏休みといえば、麦藁帽子とスイカとかき氷、というのがボクたちの夏の三点セットだった。今ほどのすさまじい暑さではなかったこともあって、日焼け止めクリームなんて使ったことも見たこともなかった。夏休みの40日間に3度も4度も両手足と顔の皮がむけてしまうほど、文字通り真っ黒になって遊び回っていた。かき氷といえばイチゴとレモン風味の赤と黄色が定番だったが、母親と一緒の時は値段の張る餡子の乗った金時や練乳のかき氷をねだった。プラスチックのスプーンで二口三口頬ばる。両側のこめかみの少し上がキーンと痛くなる。アイスキャンデーやアイスクリームとは確かに違うかき氷の醍醐味というのだろうか。心地よい頭痛というのも変だが、その、いきなりやって来る頭の痛みが真夏の快感でもあった。
それにしても、製氷機も冷蔵庫もない清少納言の時代に、しかも夏のこの時期に氷があったとは。ものの本によると、冬の間に凍り付いた池の氷を切り出して、氷室と言われる穴に運び込む。その上を板や茅で覆って、夏に掘り出していたようだ。それを削って、金属のお椀で優雅にかき氷を食べるとは、なんという贅沢!季節に合わせて、労をいとわず、可能な限りの食の味わいを求める人間の執念は、時を超えても変わらないんだな、と感心してしまう。
今日は8月7日。立秋。暦の上では秋に入った。「秋?ウソでしょ?!」という声も聞こえてきそうだが、裏山ではヒグラシやツクツクボウシが鳴き始めているし、アカトンボに似たトンボも目にするようになった。それでも、今日を境にこの暑さを「残暑」と呼ぶ気にはとてもならない。むしろ暑さの正念場はこれからだもの。
連日、お役所もテレビもラジオも「命に関わる暑さ」「不要な外出を避けるように」と呼びかけている。夏休みに入った子供たちが、何もかも解放されて夏空の下で思い切り駆け回り、山や川で真っ黒になるのは「不要な外出」というべきなのか、どうなのか。
それにしても、この異様な暑さがうらめしい。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭










