
放送日:2025年2月27日
三寒四温。よく耳にする言葉だが、三日ほど寒い日が続いたと思ったら、そのあとに四日間暖かい日がやってくるという訳ではない。厚手の上着が要らないほど、春を思わせる陽気になったと思ったら、あわててダウンジャケットを引っ張り出すような冬の日に逆戻りする。そんなジグザグを繰り返しながら、季節はゆるりと春に向かっていくという意味だ。水前寺清子ではないが「三歩進んで二歩下がる」ように春はやってくるんだね。
あ、若い人は「365歩のマーチ」って、知らないか…。
朝の陽射しに誘われて、窓を開ける。一面の霞に包まれて、桜島はまだ眠っている。「う~」っと背伸びをしながら考えてみると、「行ったり来たり」って、季節の巡りに限ったことでもないな、と思う。誰の人生も、我を忘れて駆け抜けて拍手喝采を浴びたと思ったら、その挙句、けつまずいて、転んで、大怪我をしたり、訳が分からないうちに、いつの間にか貧乏くじを引かされたり、でも、そのおかげで、かけがえのない人と巡り会うことになったり…。年齢だけは時計の秒針を刻むように一直線に重ねていくのだけれど、恵まれていたのか、運が悪かったのか、賢く振る舞ったのか、愚かだったのか、今になって思い返してみると、まさにジグザグ模様。決して一直線ではなかった。
とはいうものの、しんどい時には半分ふてくされながら「まぁ、いいか。こんなこともあるさ」と自分を納得させ、有頂天になりそうなときには、ことあるごとに父から言われていた「いつまでもあると思うな、親とカネ」という格言もどきをつぶやいて、自分を戒める。気紛れな季節の移ろいに合わせて着る物を調節するように、人生の揺らぎというか、一進一退に合わせながら、生き抜くための自分のギアを微調整してきたような気もする。
そうして、トシを重ねるごとに、自分一人だけの決意や気力や努力ではどうにもならないことが、いかに多いかを学び、抗うことのできない変化への作法を身に付けてきた。
まだ若さではちきれんばかりの頃は想像してもみなかったが、最近の情報過多に振り回され、有頂天になったり立ちすくんだりしている若い人たちに比べると、シルバーエイジの爺ちゃん婆ちゃんたちが妙に落ち着いて見える。きっと、人生の山あり谷ありを知り尽くし、一喜一憂などせずに、さらりとやり過ごす作法を身に付けているからなのだろう。
暦の上ではとっくに立春を過ぎているものの、吹き来る風はまだ冬のかすかな名残をとどめている。早春賦ではないが、「春は名のみの風の寒さや」の時期でもある。眠りこけている桜島に向かってこの歌を口ずさんでいるうちに、ふと、「春は名のみの風の寒さや」のメロディーにそっくりの歌い出しがあることに気づいた。
そう、あの「知床の岬にハマナスの咲くころ」だ。森繁久彌さん作詞作曲の知床旅情によく似ていると思いませんか?北海道でハマナスが咲くのは初夏からだから、こちらは夏の歌だね。それにしても、偶然だろうけれど、この二つの歌のイントロ、よく似ている。
ちなみに三寒四温は冬の終わり、晩冬の季語だが、今は冬から春にかけての時期に使われることが多い。
気が付くと、二月如月も残すは明日一日。この週末は裏山に梅の花でも眺めにいってくることにしよう。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭










