
放送日:2025年1月23日
元日、7日の七草、十日戎に15日の小正月、二十日の二十日正月を機に大寒に入って、世間からは年明けの空気が消え、すっかり日常に戻る。というのは、昭和も高度成長期以前の田舎の話で、平成からこの方、1月も半ばを過ぎると年明けの改まった気分など、まるでなかったかのように、街では節分に向けた恵方巻、2月14日に向けたバレンタインデー商戦が繰り広げられている。この急き立てられるような感覚ってなんだろうねぇ。
そういえば、この年明け、これまでを振り返ってみると、今年の三が日ほど家に引きこもっていたのも珍しい。とりあえず、などというと神様に失礼だが、元日は裏山の散歩道にある小さな神社にお参りした。参拝者は誰もいなかったが、注連縄と、鈴を鳴らす綱である鈴緒が新調されていて、地域の氏子さんたちに受け継がれている清々しい心が伝わってくる。お社で深々と頭を下げたあとは箱根大学駅伝の中継とNetflixの映画を何本か観たのと友人たちとの飲み会が入ったほかは、ひたすら読書三昧だった。気の向くままの雑読乱読、年末にAmazonで取り寄せた本を寝転がったり、ソファにもたれかかったり、薄いお湯割り焼酎をすするように飲みながら、活字の世界の中を遊泳する。至福のひとときでもある。
印象に残ったのは、そのうちの一冊、「世界から猫が消えたなら」。もう読まれた方もいらっしゃるかもしれない。この本は2012年というから十数年前に書かれた小説で、著者は川村元気さん。まだ40代半ばの映画監督だ。世界35カ国語に翻訳されて、累計270万部。去年12月の新聞で、ロシアのモスクワでベストセラーの一位になったというニュースが報じられていた。
ネタばらしになるので、詳しくは触れられないが、「世界から猫が消えたなら」はペットが主題の小説ではない。主人公は30歳の郵便配達の男性で、ある日、脳腫瘍でいきなり余命半年、場合によっては一週間もたないかも、と診断される。もちろん、思いがけない診断に、この青年は狼狽し、打ちひしがれる。そこに一人の悪魔が現れて、一日命を延ばすのと引き換えに、この世界から何か一つを消すことをもちかけられる。この男の余命を1日延ばす代わりに、僕たちの世界から電話が、映画が、時計が、次々に消えていく・・・と、まぁ、そういう物語。
そこに両親や恋愛、そして、自分を支えてくれている人々と物たちとの思い出、記憶、肌触りが絡んで、「何かを得るためには、何かを失わなければならない」というテーマがこの小説の通奏低音として流れ続けている。そう、「何かを得るためには、何かを失わなければならない」のだ。確かにその通りだと誰しも漠然とはわかっているのだが、余命いくばくもない青年と悪魔とのディール、取引のやりとりを通して、「本当は、お前、何もわかってなかっただろ?」という問いを突き付けられる。人は失ってみて初めて、それがいかに大切なもだったのかがわかるという真実、「世界から猫が消えたなら」に登場する悪魔は、私自身のもう一つの姿なのかもしれない。
立春まであと十日。今年はいつになく春が待ち遠しい。
MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。
読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭









