MBCラジオ

「#79 焚き火」風の歳時記

 昔の話だが、この時期、お寺の境内で走り回っていると、よく、お寺の婆ちゃんが掃き集めた落ち葉にマッチで火をつけていた。小学校に行く途中には、建築現場で地下足袋姿のお兄さんたちが石油缶で廃材を燃やしていた。両手を炎にかざしながら、タバコをふかしているお兄さんたちがかっこよくて、眩しく見上げていた。大きくなったら、こんなお兄さんのようになりたかった。焚き木がパチパチと爆ぜる音は、凍てつくような寒さと静けさの中で、心地よく耳に残った。父が裏庭で雑草や枯れ枝を燃やし始めると、納戸から小さなカライモを何個か持ち出して、放り込む。その頃はアルミホイルなんてもちろん、ない。程よく燃え立ったところで、そのまま周囲の灰の中に潜り込ませる。寒さの中で足踏みをしながら、早く焼けないかと待ち遠しい。待ちきれずにイモを枯れ枝の先で搔きだして、フーフーと息を吹きかけながらかじりつく。たいていはガジガジと生焼けの状態だったが、あの甘さは格別だった。灰だらけの皮まで食べきると、口の周りは灰だらけ。おおらかというか、無邪気というか、無頓着というか…焚火のあるところ、いつも、身体も心もホンワリと温まっていた。

最近は、その焚火を見ることがなくなった。鹿児島市という街中に住んでいるせいもあるが、田舎でも、たまに春先や秋の野焼きを見ることはあっても、焚火はほとんどお目にかかれない。

 畑に残った野菜の茎や葉、雑草などを焼くための野焼きは、害虫などを根絶やしにして、燃えた後の灰も肥料になるため、かつては田舎では見慣れた光景だった。でも、いまは原則として禁止されているそうだ。大気汚染や地球温暖化を引き起こすというのがその理由だけれど、都会で排気ガスをまき散らす車の洪水、工業地帯に林立する煙突などを思えば、日本の山里での野焼きがいったいどれほどの害をもたらすというのだろう。

最近は大規模な山火事が頻繁に起きているので、あまり、大きな声では言えないのだが、春のまだ浅い時期、山焼きが始まると少し胸がときめいていた。ゆるやかな山の斜面を這うように昇る炎と煙は、間もなくやってくる山菜採りのシーズンの幕開けだった。山を焼いて二か月もたつと、その跡にゼンマイやワラビが顔を出し、ぐんぐんと伸びてくる。春という、新しい命が萌え立つ季節の感触を感じながら、四季の律儀な巡りを身体や心に染み込ませていたような気がする。それもこれも、年齢を重ねた今になってみて、初めて気が付くことなのだけれど。

 焚火にも規制があるようだが、大規模な野焼きほどではない。今のこの時期の「どんど焼き」などは地域の風物詩として欠かせないし。それに、ボクたちが子どもの頃はビニールもプラスティック製品もほとんどなかったから、ダイオキシンが発生する心配も今ほどではなかった。

 最近は冬のキャンプも人気があるという。夏と違って虫も少ないし、何より焚火の炎の揺らめきを見つめていると、石器時代の彼方、ボクたちのご先祖たちの世界に誘われているような感覚がいいのだろう。

〇一人退き二人寄りくる焚火かな      久保田万太郎

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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