MBCラジオ

「#67 色なき風」風の歳時記

 裏山へと登る道の途中、民家の庭先に濃い紫のブーゲンビリアの花が咲いている。確か梅雨時分から雨に打たれながら咲いていた。この異様な暑い夏をビクともせずにやり過ごして、さすがに南国原産の花は強いなぁ、と感心する。その先、山道に入ると、ノコンギクが、こちらも薄い紫色の花をあちこちに咲かせている。自己主張の強いブーゲンビリアと違って、手つかずの野原に似合う楚々とした風情だ。

確かに秋がやって来ている。

 中腹の踊り場でひと休みする。思い切り深呼吸しながら、目の前の鹿児島湾から南に目を凝らすと、真っ青な秋空の下、薩摩半島の山々の稜線を突き抜けるように開聞岳がくっきりと姿を見せている。菜の花の季節、間近に仰ぐように眺める開聞岳もいいけれど、遥か彼方に立ち上がる正三角形の形も悪くない。それにしても、鹿児島市内から30キロ以上はあるだろうか。これほどはっきりと見えるのも珍しい。海からのぼってきた風が背後の森へと通り過ぎていく。

 色なき風……秋の季語だ。

 風は空気の流れだから、色がなくて当たり前。赤い風や黒い風があるはずがない。無色透明に決まっている。けれど、本当にそうだろうか。人それぞれだろうが、春の浅い2月頃、竹林をざわざわと揺らしながら抜けてくる風を柔らかなライトブルーに、梅雨真っ只中、重苦しい雲の下を這うようにやって来る生ぬるい風をどんよりとしたダークグレーに感じてしまうことがある。実感としては、確かに、四季折々、その日その日の天候によって、風は色を変えている。

 元はといえば、季節そのものにも色が付いている。古代中国の五行思想によれば、「春」は「青春」、夏は「朱夏」、秋は「白秋」、冬を「玄冬」と言った。春、青春は文字通り青であり、夏の朱夏の朱は朱色、秋の白秋は白で、冬の玄冬の「玄」は玄関の玄、玄人の「くろ」だ。人生に当てはめるなら、幼い子供時代は人として芽吹く前の冬であり「玄冬」の時期。若さに胸を膨らませ、成長し続ける時期は「青春」。人として自立し、世の中で生き生きと存在感を発揮する現役世代が「朱夏」で、まさに赤く燃える時期。「白い秋」、「白秋」は老年期で、穏やかな気分と静かなたたずまいの中で、人生の実りを楽しむ日々といえばいいのか。

「色なき」とは、華やかな色や、艶のないこと。色のないところに色を見るのは、白い季節の秋だからこそなのだろう。「色なき風」とは、すべてを、まったくそのままに晒してしまうほどの澄み切った秋の風、「色なき風」であるがゆえに野山も海も街もその色づきの微かな揺らぎをそのまま心のキャンバスに映し出してくれる。

〇裏口へ色なき風を通しけり          桂信子

〇姥(うば)ひとり色なき風の中に栖(す)む   川崎展宏

10月も半ばに入った。色なき風が、今日も吹いている。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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