MBCラジオ

「#56 やがて死ぬけしき」風の歳時記

それにしても暑い。目覚めると同時にベランダのガラス戸を開け放つ。少し前までは、多少の湿り気はあるものの、それでも新鮮な空気が流れ込んできた。なのに、いまは、もう、いけない。早朝から熱風が舞い込んでくる。あわてて戸を閉めて、エアコンのスイッチを入れる。ボクの心身がヤワになったのか、それとも、気候変動、地球温暖化の進み方が人間の順応力を超えてきたのか。全身に朝の陽射しを浴びて深呼吸したいところなのだが、その気も失せてしまう。

たいていの人は朝日を拝まないまでも、朝の陽射しを全身に受けることで今日一日を生きる元気をもらう。朝日を眺めながら、しょんぼりする人はあまり聞いいたことがない。一方で、夕日を眺めていると、センチメンタルというのか、一抹の寂しさというのか、ある種の甘酸っぱい気分になってしまう。朝日で元気づけられ、夕日で感傷的なもの寂しさを感じるのは、別に学校で習ったわけではない。親から「そんなもんだよ」と教えられたわけでもない。考えてみれば不思議なことだ。

日の出で一日が始まり、太陽はゆっくりと西へと向かい、やがて日の入りを迎える。黄昏から夜へと、闇の世界がじわじわとやってくる。その闇の世界に入ることは私たち人間にとって、生きて明日を迎えるという保障のない怖い時間帯でもあったのだろう。

地球の歴史46億年を1年として換算すると、私たち類人猿ヒト科がこの惑星に現れたのは12月31日の午後11時50分頃にあたる。人類が地球のあるじのような顔をし始めたのは、つい最近のことだ。サルに失礼だが、その前は、私たちは文字通り単なるサルに過ぎない。夜を迎えるとどんな獣に襲われることか。夜とは、明日の朝を無事に迎えられるかどうかわからない恐怖とおののきの時間帯でもあった。夕日は、自らの命が危険にさらされる時間に入る合図でもあったんだろうな、と思う。

朝は生まれ出ずる希望のひとときであり、夜は死への恐怖が支配する時間。そこに一年を重ねてみると、新しい年の誕生から間もなく春を迎え、やがて夏至を過ぎると太陽の勢いが弱まり、衰えていく。秋の実りの季節を過ぎると、太陽の勢いがにわかに弱くなって、冷たい風が吹きすさぶ冬を迎える。朝から夜への一日の繰り返しと、さらに一年の季節の巡りは私たちの人生観、心のありように大きな影響を与えたんだろうな。そう考えると、仏教でいう西方浄土、太陽の没する西の彼方に阿弥陀さんのおられる極楽があるという信仰も、きっとこの朝日と夕日が刻んだボクたちのDNAの影響に違いない…と、勝手に納得する。

ふと、気づくと、裏山から一斉に蝉の鳴き声が聞こえ始めている。

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

松尾芭蕉、47歳の時、出家した若いお坊さんに送った一句。蝉の一生は7年と7日。

7年間は土の中にいて、地上に出てから、わずか7日ほどで一生を終えるともいわれる。

今日から8月、間もなくお盆の時期を迎える。そして敗戦から80年の夏。 生きること、死ぬこと。この世を去ったさまざまな人を迎え、送る季節がやってくる。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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