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「#40 桜のいのち」風の歳時記

寒の戻りが、繰り返しやってきたあと、一気に桜が咲き始めた。そのうち、ゆるりと裏山の桜の林を歩こうと思っているうちに、ふと気が付くと、もう葉桜ばかりになっている。

ものの本で調べたら、九州では、桜の開花発表から満開になるまでの期間はほぼ1週間。北陸・東北地方だと5日間、北海道は4日ほどと、北に行くほど短くなるのだそうだ。北の桜ほどせっかちに蕾を開くんだね。雪に覆われて、寒々と縮こまるしかなかった冬に耐え続けた分、春の訪れを知って、つんのめるように、我先に、争うように咲こうとするのも、分かる気がするな。

進級、卒業、入学式シーズン、門出の季節にはらはらと散る桜は本当によく似合う。この時期を彩る桜はほとんどがソメイヨシノ、私たちに最もポピュラーな桜だ。10年後も、50年後も、この日本列島の人々は春になると心を浮き立てながら花見の宴に興じ、空を仰ぎながら、散る花吹雪の下を歩くのだろう。過去と未来を優しくつなぐ風物詩…。

ところが、この桜に少々厄介な問題が持ち上がっていると、日本経済新聞が報じている。

九州大学の伊藤久徳・名誉教授が地球温暖化シミュレーションなどをもとに試算したところ、2032年、つまりあと7年後以降、高知や鹿児島ではソメイヨシノが満開にならない年があり、50年後には九州南部の一部地域ではそもそも桜が開花しなくなるというのだ。

桜前線は、ふつう、九州からスタートして数週間かけて北海道までゆっくりと北上するけれど、温暖化が進めば九州から関東までの広い範囲で同じ時期に桜が咲くという。伊藤名誉教授による50年後の開花の予測は、東北は今より2、3週間早く咲き、南九州では今より1,2週間遅くなるという計算だ。鹿児島で桜が咲かなくなったり、咲いても東北と同じ頃だったり…。おまけに、咲かない年もありそうだと言われると、ボクたちが桜に寄せ、託していた季節感がはらはらと崩れてしまいそうだ。

桜の中でも最もポピュラーなソメイヨシノ。この品種は、江戸時代末期ににオオシマザクラとエドヒガンという2種類の桜を交配させることで生まれた。このソメイヨシノは自分たち同士の自然な交配で子孫を残せないという悲しい性質を持っている。だから、明治時代以降、もっぱら接ぎ木によって全国に植えられ、増え続けてきた。接ぎ木とは同じ遺伝子を持つ個体を複製すること、つまりクローンを作ることで、全国のソメイヨシノはすべてどこかの誰かが接ぎ木することで生きながらえてきたというわけ。

人間の手を借りないと、自力では自らの子孫を増やすことができない悲しい桜。ある日、我ら人類が突然滅んでしまったら、ソメイヨシノはボクたち人類と運命を共にして、やがて絶滅するほかない。人っ子ひとりいなくなった、地球という名の惑星で、人類絶滅の日から何十年か遅れて、残った最後のソメイヨシノの老木が倒れ込む。想像しただけで気が滅入る。

気候変動なのか、森林伐採、海洋汚染、あるいは、今も続く戦争なのかはわからない。もの言わぬソメイヨシノは人間様たちの愚かな行いをひやひやしながら、じっと見つめ続けているのだろう。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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